『黒牢城』|米澤穂信|KADOKAWA
米澤穂信さんの長編歴史小説、『黒牢城(こくろうじょう)』(KADOKAWA)を紹介します。
これまで、戦国小説でも籠城ものは重苦しく感じて敬遠していましたが、豊臣二十万に包囲された小田原城を描く佐々木功さんの『天下一のへりくつ者』や、天野純希さんの『もろびとの空 三木城合戦記』と、面白い籠城小説に出合い、遅ればせながら、その面白さを知りました。
本能寺の変より四年前、天正六年の冬。織田信長に叛旗を翻して有岡城に立て籠もった荒木村重は、城内で起きた難事件に翻弄される。動揺する人心を落ち着かせるため、村重は、土牢の囚人にして織田方の軍師・黒田官兵衛に謎を解くように求めた。事件の裏には何が潜むのか。戦と推理の果てに村重は、官兵衛は何を企む。
(カバー帯の説明文より)
大坂に難攻不落の要塞を築いた本願寺が、陰陽十州を領する大国毛利と手を組み、織田と戦いを繰り広げている頃。
天正六年十一月、織田家から摂津一職支配を許された、荒木村重は織田信長に叛旗を翻して、有岡城に立て籠もりました。
この謀叛は、よく練られ、策が成れば、信長の首を取ることも至難ではなく、毛利や本願寺とも起請文を交わし約定を結んでいました。
村重のもとに織田方の黒田官兵衛が使者として訪れました。
しかし、理を解いても村重を翻意させることができずに、話は平行線をたどります。
「摂津守様。何を仰せか」
「難しいことではない。官兵衛、おぬしを捕らえる。戦が終わるまで、この有岡城に留まってもらう」
束の間、官兵衛はことばを失った。眼前の穂先の輝きに我を取り戻したように、ようやくのことで言う。
「何とてそのようなことを。使者を帰すが定法、帰せぬならば斬るのも武門の定めでござろうが。世の習いにもなきことをなされば……」(『黒牢城』P.17より)
官兵衛は、そのまま帰されも殺されるもせずに、有岡城地下の土牢に囚われてしまいました。
村重は何ゆえ、官兵衛を土牢に捕らえたのでしょうか?
このことにより、村重と官兵衛の因果が巡り始めます。
村重の謀叛に対して、高槻城の高山右近、茨木城の中川瀬兵衛は織田方に付き、有岡城に実子自念を人質に入れていた、大和田城を守る安部氏までも織田に降ってしました。
寝返り者の人質を殺すのは乱世の習いで、重臣たちも人質を刑せぬと侮られると、処刑を進言しますが、村重は安部自念は殺さずに牢に繋ぐと下知しました。
ところが、牢ができるまで自念を閉じ込めておいた、密室のような部屋で殺されてしまいました。
村重は、誰が、どのように自念を殺したのかを探索を続けますが、答えが見つかりません。
「安部自念を殺したのは何者か」
官兵衛は答えず、ふたたび、暗がりの中に身を沈める。
「――摂州様は、武士の習いを曲げられた。織田の城目付を斬らなかった。中川から人質を取らなかった。軍使を殺すでも放つでもなく、牢に繋いだ。その因果の行き着いた果てが、安部自念の奇怪な死でござろう。ふふ、摂州様、ではそれがし、いよいよお尋ね致す」
官兵衛の声は遠く、かすれるようで、それでもなお村重の耳にははっきりと届いた。(『黒牢城』P.100より)
織田の大軍に包囲される中で、有岡城では、その後も不可解な出来事が次々に起こりました。夜討ちで挙げた兜首が変じる怪異、村重が懇意にしていた廻国僧が何者かに殺された事件など。村重は動揺する人心を落ち着かせるために、探索を続けるが答えが見つからず、土牢の官兵衛に謎を解くように求めました。
事件の裏に潜むものの正体とは。
名軍師官兵衛の推理と企み。戦を続ける村重の推理と秘めた本心。それぞれが明らかになっていくとき、歴史は大きく動き出します。
知と情がぶつかる二人の対峙がスリリングで、戦国歴史小説でありながら、本格的な謎解きミステリーも堪能できる、欲張りで贅沢な作品です。
黒牢城
米澤穂信
KADOKAWA
2021年6月2日初版発行
装丁/写真
岩郷重力+wonder workz。
●目次
序章 因
第一章 雪夜灯籠
第二章 花影手柄
第三章 遠雷念仏
第四章 落日孤影
終章 果
本文443ページ
初出:
「雪夜灯籠」「文芸カドカワ」2019年2月号~3月号
「花影手柄」「カドブンノベル」2020年1月号~3月号
「遠雷念仏」「カドブンノベル」2020年6月号~8月号
「落日孤影」「カドブンノベル」2020年10月号~11月号
単行本化にともない加筆修正。
■Amazon.co.jp
『黒牢城』(米澤穂信・KADOKAWA)
『天下一のへりくつ者』(佐々木功・光文社)
『もろびとの空 三木城合戦記』(天野純希・集英社)