『もろびとの空 三木城合戦記』|天野純希|集英社
天野純希さんの長編歴史小説、『もろびとの空 三木城合戦記』(集英社)を紹介します。
戦国の三木城というと、別所長治が信長に叛旗を翻した末に、羽柴秀吉の兵糧攻め、「三木の干し殺し」によって落城したことで知られています。
と書いてみて、実は本書を読むまでは、三木の干し殺しがどんなものだったか、よく知りませんでした。
戦国末期、三木城主の別所長治は、信長に叛旗を翻す。織田勢を率いる秀吉の猛攻に耐え、籠城戦が続くなか、飢えに苦しむ領民は、究極の選択へと追い込まれ……。
米十俵のために握った薙刀で、家族を守ろうと、戦う覚悟を決める娘。「死に損ない」と罵られ、次こそ死ぬんだと、敵兵を斬りつづける武士。「女らしさ」の呪縛に悩みながら、女武者組の指揮を執る別所家の妻。
混迷と理不尽を生きる現代の「私たち」ときっと繋がる、440年前のもろびと――名もなき「私たち」――を描く。(カバー帯の説明文より)
天正六年三月、東播磨の三木城城主・別所長治は、織田信長に叛旗を翻しました。別所家は、信長が将軍足利義昭を奉戴したのを機に、織田家に与してきました。
ところが、織田勢を率いる羽柴秀吉が、西播磨の上月、福原両城を攻め落とした際に、籠城した数百名の老若男女をことごとく撫で斬りにし、その遺骸を国境に晒すという無残な仕打ちに、名門意識が強い別所家家中では、秀吉および織田家への反発が一気に高まっていました。
背いた別所家に対して容赦なく、織田勢は領内に侵攻し村々を蹂躙しました。三木城にほど近い小林村に暮らす十六歳の加代も、幼い妹弟ら生き残った村人たちと三木城に逃げ込みました。
名門畠山家の姫に生まれながら、実家が没落し、自分の身は自分で守らねばならぬことを悟った波は、武芸を磨き、兵法を学んできました。織田家の毛利攻めを前に、城を守る女武者組を立ち上げました。
「織田家など所詮、成り上がりの烏合の衆。しかも羽柴筑前は、元はただの水呑み百姓。名門たる我が別所家とは、おのずから格が違うのです。そのような相手に、我らが敗けると言うのですか!」
常は温和な藍の豹変ぶりに、加代は困惑した。両のまなじりを吊り上げ、夜叉のような顔つきでこちらを睨みつける。
「この三木城は、幾度も敵の大軍を退けてきた難攻不落の要害。加えて、しばし敵を食い止めれば、必ずや毛利の援軍が現れます。戦う前から勝てぬと考えるような心根で、御家を守れましょうや!」(『もろびとの空 三木城合戦記』P.34より)
加代は、家族を支えるため、十俵の米が得られる女武者組に入り、薙刀を手に城を守ることになりました。女武者組で、身分ある別所家家臣の娘で、波に侍女頭の藍から軍議の様子を聞きました。
城主の長治は二十一歳と若く、政は事実上、反織田の急先鋒である長治の叔父、別所吉親が舵取りをしていました。吉親は波の夫でもあります。
この吉親の人物描写が巧みで、物語の重要な鍵を握っています。
女武者組には、以前の合戦で心の傷を負い、さらに愛妻まで喪った蔭山伊織が世話役に任じられて加わります。
それぞれの事情や思いを抱えた者たち(=もろびと)が集まった三木城では、籠城戦が始まりました。
相次ぐ城外戦での敗戦で、兵糧補給の道は途絶え、食料は払底し厳しい飢餓が起こります。餓鬼と修羅が跋扈するような壮絶な地獄絵のような城内。
「すまぬ。今の私には、そなたの献身に何一つ報いてやることができぬ」
「報いが欲しくてやっているわけではございません。これ以上、戦に巻き込まれた民草が殺されていくのを、見たくないだけです」(『もろびとの空 三木城合戦記』P.263より)
苦難に打ち克つ、もろびとたちのひたむきな生に、空から差してくる光の温かさを感じ、深い感動を覚えました。
もろびとの空 三木城合戦記
天野純希
集英社
2021年1月30日第1刷発行
装丁:田中久子
装画:tounami
地図:今井秀之
●目次
第一章 加代の戦場
第二章 亡者の生還
第三章 愚者たちの戦
第四章 長治の悔恨
第五章 罪の在処は
第六章 餓鬼と修羅
第七章 深淵の彼方に
第八章 命、散りゆけど
終章 光射す丘
本文339ページ
初出:「小説すばる」2018年6月号、9月号、12月号、2019年3月号、6月号、9月号、12月号、2020年1月号(「三木城合戦記」より改題)
単行本化にあたり、加筆修正。
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『もろびとの空 三木城合戦記』(天野純希・集英社)