『寒月に立つ 風の市兵衛 弐』|辻堂魁|祥伝社文庫
辻堂魁さんの文庫書き下ろし時代小説、『寒月に立つ 風の市兵衛 弐』(祥伝社文庫)を紹介します。
渡り用人を生業とする唐木市兵衛は、算盤に加えて、剣術の腕も尋常でなく、請けた仕事を誠実に果たす算盤侍です。本書は、算盤侍の痛快な活躍を描く人情時代小説シリーズの、第2集「風の市兵衛 弐」の9巻で、通巻では29巻になります。
返弥陀ノ介が瀕死の重傷を負った。公儀十人目付筆頭片岡信正の命による、越後津坂藩内偵の最中だった。津坂藩は譜代ながら跡継騒動を抱え、その陰に見え隠れする御用商人の不審な噂が絶えなかった。公儀としても政情の不安は見逃せず、信正は唐木市兵衛に引き続きの探索を託した。友の惨劇に市兵衛は、仇を討たんがため潜入するも、意表を突く敵の罠が……。
(カバー裏面の説明文より)
文政八年(1825)晩秋の夜更け、向島を流れる曳舟川の土手道で、探索中の公儀小人目付の返弥陀ノ介と達吉郎が、不審な一群に襲われ、達吉郎は落命し、弥陀ノ介も銃弾を脾腹に受けて、達吉郎を抱えたまま、曳舟川に真っ逆さまに転落しました。
瀕死の重傷を負った弥陀ノ介は、十間堀に架かる押上橋の畔で小さな茶店を営む、清七に助けられました。
御公儀御目付さまだ……
清七は戸惑いどころか当惑を覚え、しばらく呆然とした。拙いことになった、と後悔した。だが、放って通り過ぎることはできなかった。
仕方あるまい、と思いなおした。
通りかかかったのも縁だ。いくしかあるまい。瀕死の男の最期の頼みを聞いてやるしかあるまい。武士の情けだと、思いなおした。
(『寒月に立つ 風の市兵衛 弐』P.30より)
清七は、妻と襁褓にくるまれた赤子を抱いて、十年前に越後津坂藩を出奔した、元津坂藩士の真野文蔵でした。
津坂藩では、十年前に、藩主鴇江伯耆守憲実の世継ぎを産んだ側室と若君が殿中にて藩士によって斬殺される事件が起こっていました。そして、この秋、世継ぎとなっていた養子婿が殴る蹴るの暴行を加えていた小姓から、小刀で斬り殺される変事が起こっていました。
市兵衛は、目付筆頭の片岡信正から、弥陀ノ介が進めていた内偵の顛末を聴き、その指示を受けて、隠密の代わりに探索を続けることとなった。
「弥陀ノ介らを斬ったのは、丹波の一党なのでしょうか」
「そう見て間違いあるまい。弥陀ノ介らを斬った者らに、思い知らせてやらねばならぬ。もしもそれが津坂藩の指図であったなら、津坂藩の責任を問うことになる。わたしはこの始末をつける務めがある。真っ先に、市兵衛だと思った。おぬしの手を借りるしかないとな。すでに、おぬしのことは、わが実の弟であるとご老中にお伝えした。御用の者が使えぬのであればいたし方なし、わたしの裁量に任せると、了承を得ておる。われらは幕府の隠密の動きを知る誰が、津坂藩の誰と内通しているのか、まずはその洗い出しを急ぐ。市兵衛、よいか」
(『寒月に立つ 風の市兵衛 弐』P.94より)
弥陀ノ介らの惨事にも、津坂藩の十年前のお世継ぎ騒動の際に、江戸家老の聖願寺豊岳が雇い入れて、裏横目として、対立する一派を容赦なく取り締まって多くの死人を出した、丹波久重が率いる一党の存在が浮かび上がってきた。
市兵衛は、翌日、江戸城に初めて登城し、意外な人物と面会し、声をかけられます。
そして、隠密に代わり、公儀のお役目を務めることに……。
瀕死の床にある友のため、丹波一派を追い詰め、対決していく市兵衛の痛快な活躍が楽しめます。
越後津坂藩の物語は、次巻『斬雪 風の市兵衛 弐』に続きます。
ちなみに津坂藩は譜代大名とされていますが、架空の藩で、巻頭の地図を見ると、現在の新潟県柏崎市あたりの場所で設定されています。
寒月に立つ 風の市兵衛 弐
辻堂魁
祥伝社 祥伝社文庫
2021年7月20日初版第1刷発行
カバーデザイン:芦澤泰偉
カバーイラスト:卯月みゆき
●目次
序章 密謀
第一章 御直御用
第二章 新梅屋敷
第三章 歳月
第四章 影役
終章 宴のあと
本文362ページ
文庫書き下ろし。
■Amazon.co.jp
『寒月に立つ 風の市兵衛 弐』(辻堂魁・祥伝社文庫)(第29巻)
『斬雪 風の市兵衛 弐』(辻堂魁・祥伝社文庫)(第30巻)