『ふしぎ 〈霊験〉時代小説傑作選』|細谷正充編|PHP文芸文庫
細谷正充さんの編による歴史小説アンソロジー、『ふしぎ 〈霊験〉時代小説傑作選』(PHP文芸文庫)をご恵贈いただきました。
毎回一つのテーマで、宮部みゆきさんの短編+現役活躍中の女性作家の短編から構成される、文芸評論家の細谷正充さんの編による、「時代小説傑作選」シリーズのファンです。
今回のテーマは、「ふしぎ〈霊験〉」。
これまで、「あやかし〈妖怪〉」「もののけ〈怪異〉」というテーマでもアンソロジーが組まれていて、妖や怪異、霊験を題材にした、江戸ファンタジー小説の人気の高さと、書き手の豊富さを再認識しました。
拝み屋の少年、日道が何者かに襲われた。日ごろから日道を気にかけていた岡っ引きの茂七は下手人を探そうとするが……「遺恨の桜」(宮部みゆき)、元旦に垢抜けない少女が国見屋に迎えられた。主人夫婦は賓客として遇するが、息子の央介は彼女の目を見て怯える。じつは少女は、相手の罪を映し出す力の持ち主だった……「睦月童」(西條奈加)他、書き下ろし含む五編を収録。江戸のふしぎな物語を集めた短編集。
(カバー裏の内容紹介より)
西條奈加さんの「睦月童」は、同名の連作小説集からの一編。
元旦、日本橋新川の下酒問屋の国見屋の主人夫婦は、垢抜けない十歳の少女・イオを賓客として迎える所から物語が始まります。
イオは、睦月神の加護により、人の罪を鏡に映す特別な力を持っていました。
十七歳になった国見屋の一人息子の央介は、悪い遊びを覚えて、家に戻らない日もめずらしくなく、その日も真夜中になって戻って来て、イオの目を見て大きく怯えました……。
「……化け物じゃ、ねえのか?」
「これ、滅多なことを口にするな。こちらの方は、国見屋の大事なお客さまだ」
「客、だと?」
おそるおそるふり向いて、叫びざま母親にしがみつく。
「やっぱり化け物じゃねえか! 目が、目が、金色に光って!」
(『ふしぎ 〈霊験〉時代小説傑作選』「睦月童」P.21より)
泉ゆたかさんの「潮の屋敷」は、本書のために書き下ろされた作品。
江ノ島の貝細工屋の娘、駒はひと月前に、四谷の簪問屋の主人久左衛門に嫁ぎ、大川の河口にほど近い水辺の町、築地明石町の屋敷に暮らしています。
ところが、駒は、屋敷の前の家主が物盗りに入った賊に襲われ、惨たらしく刺し殺されたという話を聞き、見るもの聞くものに恐怖を感じ、夫婦の寝室で見知らぬ老人の姿が見えるようになりました。
徐々に追い詰められていく駒の心理描写が映画のようにサスペンスに満ちていて、グイと惹きつけられます。
廣嶋玲子さんの「紅葉の下に風解かれ」は、「妖怪の子預かります」シリーズの第3巻『妖たちの四季』からの一編。
養い親である按摩、千弥と共に貧乏長屋に暮らしていた、十二歳の弥助。とある事情から、夜な夜な妖怪の子を預かり、世話をする、妖怪の預かり屋となりました。
本編では、白兎の妖怪・玉雪が立派な栗林をもつようになった、切なくも愛おしい事情が語られていきます。
宮本紀子さんの「紙の声」は本書のための書き下ろし作品。
著者は、2012年「雨宿り」で第6回小説宝石新人賞を受賞しデビュー。
「小間もの丸藤看板姉妹」シリーズが好評の、気鋭の作家です。
泉ゆたかさんと宮本紀子さんのお二人の書き下ろし短編が読めることが本書の魅力のひとつとなっています。
大工の父親を不慮の事故で亡くし、奉公に上がることになった十一歳の太一。
奉公先は日本橋堀江町の紙屑問屋の相模屋で、主人の清兵衛は、紙を憑代(よりしろ)に使者を呼び寄せることができる不思議な能力を持っていました。
切なくてそれでいてハートウォーミングな素敵なお話で、キュンキュンしました。
宮部みゆきさんの「遺恨の桜」は、『〈完本〉初ものがたり』に所収された短編。
岡っ引きの回向院の茂七は、霊感坊主の日道が何者かに襲われて大怪我を負いながらも、お上に訴え出てもいないという話を聞き、事情を探ることにしました。
調べを進めていくと、日道の霊視にまつわるトラブルが原因らしく、ある騒動が暴かれていきます。
事件を覆っている不思議のベールを剥いでいく謎解きが面白く、宮部ワールドに引き込まれていきます。
6編とも、不思議、霊感、妖怪をテーマにしながらも、恐ろしさだけでなく、切なさや思いやり、優しさが表現されていて、それぞれの作家の個性が表出されています。
次はいかなるテーマで、アンソロジーが編まれるのでしょうか。
ふしぎ 〈霊験〉時代小説傑作選
細谷正充編
PHP研究所 PHP文芸文庫
2021年9月21日第1版第1刷
装丁:芦澤泰偉
装画:卯月みゆき
●目次
睦月童 西條奈加
潮の屋敷 泉ゆたか
紅葉の下に風解かれ 廣嶋玲子
紙の声 宮本紀子
遺恨の桜 宮部みゆき
解説 細谷正充
本文288ページ
出典
「睦月童」(西條奈加『睦月童』所収 PHP文芸文庫)
「潮の屋敷」(泉ゆたか 書き下ろし)
「紅葉の下に風解かれ」(廣嶋玲子『妖たちの四季』所収 創元推理文庫)
「紙の声」(宮本紀子 書き下ろし)「
「遺恨の桜」(宮部みゆき『〈完本〉初ものがたり』所収 PHP文芸文庫)
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『ふしぎ 〈霊験〉時代小説傑作選』(細谷正充編・PHP文芸文庫)
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