シェア型書店「ほんまる」で、「時代小説SHOW」かわら版を無料配布

鎌倉武士の壮絶な生き様、衝撃の鎌倉時代小説アンソロジー

アドセンス広告、アフィリエイトを利用しています。
スポンサーリンク

『鎌倉燃ゆ 歴史小説傑作選』|細谷正充編|PHP文芸文庫

鎌倉燃ゆ 歴史小説傑作選細谷正充さんの編による歴史小説アンソロジー、『鎌倉燃ゆ 歴史小説傑作選』(PHP文芸文庫)をご恵贈いただきました。

2022年のNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の舞台となる時代は、平安末期から鎌倉前期。
「鎌倉殿」とは、鎌倉幕府の棟梁たる将軍のこと。鎌倉幕府自体を指すこともあります。源頼朝の死後、二代将軍頼家のもとで、頼朝の有力家臣13人による合議制が取られていた時期がありました。

そんな時代をテーマにしたアンソロジーが本書です。

文芸評論家の細谷正充さんの編により、滝口康彦さんや安部龍太郎さん、高橋直樹さんの短編小説に加えて、谷津矢車さん、秋山香乃さん、吉川永青さん、矢野隆さんといった、実力派歴史小説家の書き下ろしを加えた、豪華な作品集となっています。

鎌倉幕府草創期から、二代将軍源頼家の時代に始まった宿老ら十三人による合議制を経て、三代将軍実朝の暗殺まで――。流されるように生きてきた北条義時が人生を賭けた大勝負に出る「水草の言い条」(谷津矢車)、“讒訴の奸物”となった梶原景時の生き様を描く「讒訴の忠」(吉川永青)、権謀術数うずまく幕府において、畠山重忠が坂東武者の誇りを見せる「重忠なり」(矢野隆)など、実力派作家七人によるアンソロジ。

(カバー裏の内容紹介より)

谷津矢車さんの「水草の言い条」では、「鎌倉殿の13人」で主役となる、北条義時を描いています。

「某は、水草のごとき者なのです」
「水草、とな」
「はい。根を持たず、波に揺られてふらふらと漂っているばかり。さしたる望みもなく、気がつけば流れ流されここにいる。斯様な者なのです。卑下でもなんでもなく、某はそうした人間なのでございます」
 
(『鎌倉燃ゆ 歴史小説傑作選』「水草の言い条」P.37より)

義時は大倉御所に参上した際に、頼朝に、北条の一族郎党として生きながら、さしたる望みもなく、流されるだけの自身の心中を吐露しました。
頼朝の共感を得て、義時はこの時より大きく変わっていきました。

後白河法皇が編んだ今様の歌謡集『梁塵秘抄』に収められた歌をモチーフにした「蝸牛(かたつぶり)」。

秋山さんは、女性ならではの細やかな視点で、頼朝と北条政子の長女・大姫を描いています。
大姫は、許婚の木曾義仲の嫡男源義高を父頼朝によって殺されて以来、わずか七歳にして心を喪失し、何も見ず何もしゃべらず、何の感情も湧き起らない、人形のよう、ただ息をしてるだけの人形同然の姿となりました。
義経の愛妾静御前が吉野で捕らえられ、鎌倉に送られてきて頼朝によって尋問されると聞き、大姫はもっと静御前のことが知りたいと、そばに置いてもらうように願いました。

滝口康彦さんの「曽我兄弟」は、歌舞伎で知られる「曽我兄弟の仇討ち」を、往年の歴史小説家である作者独自の視点から小説化したもの。内容は少しも古びていません。

吉川永青さんの「讒訴の忠」では、頼朝の派遣した戦目付として、義経の平家討伐に従軍した梶原景時に光を当てています。

戦人・義経と鎌倉殿・頼朝の視座の違い、景時を通じて鎌倉武士の忠の在り方が描かれて興味深い一編です。

二代将軍頼家を描いた、高橋直樹さんの「非命に斃る」の一節が頭に残ります。

――この街がある限り侍たちは殺し合いを続けていくのであろう
 
(『鎌倉燃ゆ 歴史小説傑作選』「非命に斃る」P.305より)

大きく湾曲した海岸線と三方から迫ってくる山並に囲まれた猫の額ほどの平地に無数の屋根がへばりついた街、鎌倉。

一族の血を根絶やしにする、熾烈な権力闘争が続く鎌倉前期のバトルロワイアルは、この立地による部分もあるのかもしれません。

頼朝の家臣の中でも信頼厚く、勲功著しい、第一の武将、畠山重忠。
骨太の戦国小説を手掛ける、矢野隆さんの「重忠なり」では、その最後の激闘ぶりが描かれています。

安部龍太郎さんの「八幡宮雪の石階(いしばし)」は、『血の日本史』に収録された短編。
三代将軍源実朝の暗殺事件をテーマに描かれています。
なぜ、実朝は殺されてしまったのか。
なぜ、頼朝の直系の鎌倉殿は三代で滅んでしまったのか。
考えさせられる一編です。

このアンソロジーをきっかけに、もっともっと鎌倉時代小説を読んでみたくなりました。

鎌倉燃ゆ 歴史小説傑作選

細谷正充編

PHP研究所 PHP文芸文庫
2021年9月21日第1版第1刷

装丁:芦澤泰偉
装画:ヤマモトマサアキ

●目次
水草の言い条 谷津矢車
蝸牛 秋山香乃
曾我兄弟 滝口康彦
讒訴の忠 吉川永青
非命に斃る 高橋直樹
重忠なり 矢野隆
八幡宮雪の石階 安部龍太郎

解説 細谷正充

本文377ページ

出典
「水草の言い条」(谷津矢車 書き下ろし)
「蝸牛」(秋山香乃 書き下ろし)
「曾我兄弟」(滝口康彦『権謀の裏』所収 新潮文庫)
「讒訴の忠」(吉川永青 書き下ろし)
「非命に斃る」(高橋直樹『鎌倉擾乱』所収 文春文庫)
「重忠なり」(矢野隆 書き下ろし)「
「八幡宮雪の石階」(安部龍太郎『血の日本史』所収 新潮文庫)

PHP文芸文庫オリジナル

■Amazon.co.jp
『鎌倉燃ゆ 歴史小説傑作選』(細谷正充編・PHP文芸文庫)

細谷正充編|時代小説ガイド
細谷正充|ほそやまさみつ|文芸評論家・書評家 1963年生まれ。 時代小説、ミステリーなどのエンターテインメントを対象に、評論・執筆。 自宅に17万冊という膨大な書庫を持つ蔵書家。 2018年より、優れたエンターテインメント小説5作品を選出...