『居酒屋こまりの恋々帖 おいしい願かけ』|赤星あかり|ハヤカワ時代ミステリ文庫
赤星あかりさんの文庫書き下ろし時代小説、『居酒屋こまりの恋々帖 おいしい願かけ』(ハヤカワ時代ミステリ文庫)をご恵贈いただきました。
元々外でお酒を飲むことが少ないほうですが、コロナ禍で居酒屋など外で飲むことが全くなくなってしまいました。居酒屋の楽しさもすっかり忘れそうです。
時代小説を読む楽しみの一つに、現実世界では実現できないことを、時代小説に求めて癒されるということがあります。
身近な存在だったはずの居酒屋文化まで、時代小説に求めるようになる時代が来るとは、まさかの状況です。
本書は、江戸寛政年間、日本橋大伝馬町にある居酒屋を舞台に繰り広げられる、人情活劇です。
夫の離縁されてもなんのその。こまりは行き着いた先で、老店主から居酒屋を継いで切り盛りをし始める。だが様々な騒動に首を突っ込むことに。へっぴり腰の侍が御前試合で勝つよう骨を折ったり、絶世の美女に変な色のぼたもち探しを頼まれたり、戯作者のため不可思議な料理を拵えたり。さらに美酒・高級食材・珍味だけを盗む賊・野槌を追うが……通うほどにこまりの底抜けの明るさに誰もがべた惚れ! 心躍る居酒屋小説
(本書カバー裏の紹介文より)
白河で造り酒屋を営んでいた祖父に育てられた、こまりは、祖父が亡くなりその後の飢饉でつぶれてしまった造り酒屋を再興するため、江戸に出てきました。
出戻りのこよりは、祖父の友人で、大伝馬町の宝田稲荷近くで居酒屋を営む栄蔵のもとに居候しています。
こまりは大の酒好きで、くだり諸白の上級酒目当てに、男の格好をして大酒呑み大会にまで出てしまうほど。
こまりは、大酒呑み大会に出ていた、額に犬という字の入れ墨を彫ったやくざ者の咎犬のヤスに付きまとわれます。
「咎犬のヤスだな」
突如、夜陰にまぎれて背後から第三者の声があがった。
「なんだ、おまえ?」
ヤスは荒っぽい声をあげてふりかえる。
「神妙にお縄につけ!」
「なにしやがる!」
「ちょっと、どうしたの!」
(『居酒屋こまりの恋々帖 おいしい願かけ』 P.40より)
ヤスにうずら泥棒の嫌疑がかかり、岡っ引きにとり押さえらえて連れて行かれました。
店に迷惑を掛けられながらも、ヤスの無実を信じるこまりは、本当の下手人探しに乗りだしました。
「おまえ、旦那がいるのか? 所帯じみてるように見えないけれどよ」
「離縁されちゃったからね」
こまりは苦笑した。
日にち薬とはいうものの結婚していた日々を思い出すと、いまだに胸が苦しくなる。
「まァ、これだけ酒を呑む女だったらおそろしいわな。飯をつくるたびに酔われちゃ堪らねえしよ。あんな呑みかた、いったい誰に教わったんだか」(『居酒屋こまりの恋々帖 おいしい願かけ』 P.69より)
こまりはたいへんな酒豪で、本当に美味しそうに、そしてよく酒を呑みます。見ていて爽快に感じるほど。
実家の酒蔵の再興のために、捕らぬ狸の皮算用と、前のめりになりすぎて失敗することもありますが、謎解きをしたり、悩みの相談に乗ったり、捕物や幻のぼた餅づくりに取り組んだりと、八面六臂の活躍をします。
長谷川平蔵や、蔦屋重三郎、山東京伝など著名人も、寛政二年(1790)ごろの姿で登場するのも見逃せません。
栄蔵から譲り受けた居酒屋に、こまりは「小毬屋」と名付けました。
店の看板娘ならぬ看板かわうそのひじきが愛らしく、客にも可愛がられるのを見るのも楽しく、しばらく忘れていた居酒屋の良さが味わえる、キュートな居酒屋小説です。
居酒屋こまりの恋々帖 おいしい願かけ
赤星あかり
早川書房・ハヤカワ時代ミステリ文庫
2021年8月15日発行
カバーイラスト:山本祥子
カバーデザイン:大原由衣
●目次
第一献 うずら鳴く
第二献 業火の銕
第三献 裏葉柳の蜃気楼
第四献 たまごの奇才
本文358ページ
文庫書き下ろし。
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『居酒屋こまりの恋々帖 おいしい願かけ』(赤星あかり・ハヤカワ時代ミステリ文庫)