『雷鳴 北の御番所 反骨日録』|芝村凉也|双葉文庫
芝村凉也(しばむらりょうや)さんの文庫書き下ろし時代小説、『雷鳴 北の御番所 反骨日録』(双葉文庫)をご恵贈いただきました。
町奉行の秘書的な役割をつとめる内与力(うちよりき)については、平岩弓枝さんの『はやぶさ新八御用帳』シリーズなどによって、知られています。
しかし、奉行の家臣である内与力に対して、その下役として、御用部屋に詰め、各種文書の草案作成や案件の下調べを行って、内与力を補佐することを主な仕事とする、用部屋手附同心の存在は、本シリーズを読むまで知りませんでした。
本書は、道理に合わなければ上役にも臆せずに物申す、北町奉行所の用部屋手附同心・裄沢広二郎(ゆきざわこうじろう)を主人公とする捕物小説シリーズの第2弾です。
深川の往来で菓子屋の主・彦兵衛が旗本家の用人に斬り殺された。無礼討ちとされたこの一件に納得のいかない北町同心の来合轟次郎と裄沢広二郎は、内々に探索するため彦兵衛の女房と娘のもとを訪れる。母娘の様子からある覚悟を悟った裄沢と来合は、陰ながら助力しようと申し出る。そんな中、かつて来合と夫婦となるはずだった女性が永の暇を許され大奥を出たとの噂が北町奉行所で流れはじめ……。
北町奉行の秘書官補佐たる用部屋手附同心の奮闘を描く、書き下ろし痛快時代小説、シリーズ第二弾!(本書カバー裏の紹介文より)
いわば、北町奉行の秘書官補佐といった役割をつとめる裄沢ですが、文書の作成に手慣れていて、過去の事件の判例や法規にも精通しています。
第一話の「深川伊勢崎町騒動一件」は、そんな裄沢の面目躍如といったストーリーとなっています。
旗本家の用人によって、斬り殺された菓子屋の主人の一件は、「無礼討ち」として処理されましたが、納得のいかない裄沢は、幼馴染みで親友の定廻り同心の来合轟次郎と内々に探索をして、事件の真相を突き止め、菓子屋の母みさと娘あきのために助力を申し出ます。
「俺たちが、なんでこんな話をしてると思う」
裄沢は静かに問うた。みさが目を向けてくる。
「情けないけど、確かに彦兵衛の無念を晴らすほどの力は俺たちにはない。が、それをやろうとする者らへ陰から力を貸すぐらいはできる。だから、こうやって人の心の奥底までズカズカ土足で上がり込むようなマネをさしてもらってんだ」
「……なんで、そこまで?」
不思議なものを見る目で見上げられた裄沢は、小さく微笑った。
(『雷鳴 北の御番所 反骨日録』 P.32より)
正義感があって論理的な話ができる裄沢は、奉行所内では上役にへつらわず同僚からも煙たがられる、反骨同心。不正には厳しく、弱き者への温かさをもった人情派の一面もありました。
本書の魅力の一つは、裄沢と来合の二人の名コンビぶり。
来迎は、裄沢とは竹馬の友で親友の仲。六尺近い大男で、仏頂面で周囲に見境なく噛みつきかねないような姿の偉丈夫で剣の達人でもあります。
同じ頃、北町奉行所内で密かにある噂が流れました。
大奥の中臈付のお女中の一人が、永の暇を頂戴して大奥から出たとそうな。
その女中とは、松平定信のお声がかりで十年前に大奥に上がった南町奉行所与力の娘、美也で、来合と祝言寸前までいった女性でした。
「言わなくたって判ってるだろう。お前さんとも縁の深かった、南町奉行所の与力の娘さんのこった」
「……昔の話だ」
ぶっきらぼうにひと言だけ返ってくる。
「まだ会っちゃいねえのか」
しつこく問うた裄沢へ、ようやく顔を向けてきた。
「昔の話だと言ってる。今さらどの面下げて会いに行くってんだ」(『雷鳴 北の御番所 反骨日録』 P.184より)
親戚にも北町奉行所の連中にも「早く身を固めろ」と繰り返し迫られながら、十年もの長い間ずっと独り身を続けてきた来合の心中を察する裄沢。
捕物・立ち回りでは颯爽とした活躍を見せながらも、愛する女性の前では何もできなくなる友の代わりに、立ち上がる裄沢。
捕物ばかりでなく組織の群像劇としても読みどころが多い、「警察小説」ならぬ「奉行所小説」。二人の友情が胸に沁みる、第2巻です。
雷鳴 北の御番所 反骨日録
芝村凉也
双葉社・双葉文庫
2021年8月8日第1刷発行
カバーデザイン・イラスト:遠藤拓人
●目次
第一話 深川伊勢崎町騒動一件
第二話 長閑なり
第三話 手伝い廻り
第四話 雷鳴
本文316ページ
文庫書き下ろし。
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『雷鳴 北の御番所 反骨日録』(芝村凉也・双葉文庫)(第2作)
『春の雪 北の御番所 反骨日録』(芝村凉也・双葉文庫)(第1作)
『新装版 はやぶさ新八御用帳(一) 大奥の恋人』(平岩弓枝・講談社文庫)