『一休破戒帖 女賊始末』|平野純|芸術新聞社
平野純(ひらのじゅん)さんの時代小説、『一休破戒帖 女賊始末』(芸術新聞社)をご恵贈いただきました。
著者は、1982年に『日曜日には愛の胡瓜を』で第19回文藝賞を受賞しデビュー。作家、仏教研究家として活躍され、『裸の仏教』や『ブッダの毒舌』などの著作があります。
本書は初の時代小説となります。
一休と聞くと、テレビアニメの「一休さん」(テレビ朝日系、1975年10月~1982年6月宝永)のトンチが得意な小坊主のイメージがあります。
時代小説では、朝松健さんの『一休暗夜行』や鯨統一郎さんの『とんち探偵・一休さん金閣寺に密室』が思い浮かびます。
本書は、三十八になった、呑んだくれの破戒僧、一休を主人公にした、ハードボイルド時代小説です。
時は室町時代。禅僧一休は、ある日十七年前に近江で命を救ってくれたお冴と京の郊外で再会する。お冴は盗賊の女首領となっていた。二人はまた逢う約束をするが、彼女は何者かの手によって誘拐されてしまった。京の裏社会を仕切る孫八の手を借りてお冴の捜索にのりだすが、彼女の誘拐が最近倶利伽羅峠山中で起きた砂金強奪事件と何らかの関りがあることが判明。事態は思わぬ方向へ動き出す――。
(『一休破戒帖 女賊始末』カバー帯裏の内容紹介より)
時代は、室町時代の中頃の永享三年(1431)。
市場経済の活発化とともに、都は一大消費都市となる中で、天候不順による飢餓と疫病の蔓延により、都の辻はどこもかしこも病人と死人だらけでした。
一休は、十七年前に琵琶湖に飛び込んで自殺を図った自分を助けてくれた命の恩人・お冴と再会しました。
「なぜあたしを探した?」
「最初の女だぜ」
「ふん、まさか噂に聞く八条院町の呑んだくれ出家があんただったとはね」
一休はあの晩お冴に名前を告げていなかった。
「生きていたんだな?」
「どうして?」
「あぶない橋を渡っている様子だったから」(『一休破戒帖 女賊始末』P.17より)
お冴は盗賊の女首領となっていましたが、一休はその仲間に加わって、高利貸の山城屋を襲うことを申し出ました。
ところが、約束した晩に隠れ家を訪れると、部屋のあちこちには死体が転がり、お冴の姿はどこにもありませんでした。
同じ頃、娼婦のお栄は、四日前に血まみれの重傷を負ったところを介抱し、その後亡くなり五条の河原に棄てたはずの山伏から声をかけらえました。
蘇生したという山伏は何事もなかったかのように歩き回り、お栄に妾奉公の口利きをして御礼を言いました。
その3日後、お栄は無惨な死体で発見されました。
一休は、下京の乞食の元締めで裏社会を仕切る、孫八の手を借りて、お冴の行方の探索を始めました。
「砂金四万両?」
一休はちょっと呆然とした。「たしかな話なんだろうな」
「わたしも最初は耳を疑ったが」
孫八は言った。「念のため加賀に人をやってウラをとってみた」(『一休破戒帖 女賊始末』P.77より)
孫八によると、ひと月半前。越中と加賀をまたぐ俱利伽羅峠で堺の貿易商蓬莱屋の荷駄の列が何者かに襲われ、奥州から運ばれる途中の砂金四万両が行方知れずになったと。
そして、襲撃の後で、お冴の似顔絵を描いた小さな板切れが京の悪党の間に出回ったと言いました。
謎が深まる中で、一休は、手がかりを求めて、師の謙翁のもとでかつて共に修行をした日顕のもとを訪ねました。
意外に思われるかもしれないが、仏教の開祖である釈迦は、「あの世」の有無については一切の言及をひかえるのをつねとした。
あるとき、死者の霊魂の行方について問うた弟子に対して、「あの世があるかないか、誰にも語ることはできない。語ろうにもそれを知る手段がないからだ」と答えたという逸話が古い経典に残っている。(『一休破戒帖 女賊始末』P.136より)
一休が、京有数の墓場である鳥辺野に出かける場面では、室町時代の仏教の二つの柱である、禅と浄土仏教の「あの世」の教えの違いについて解説しています。
仏教研究家の著者らしい考察を通して、一休の時代の仏教観に触れ、物語により深く没入できました。
蓬髪で呑んだくれで、豪商への強請りも辞さない、破戒僧一休の設定はピカレスクロマン風で、ちょい悪男の色気と純情が伝わってきます。
野良犬のように事件の匂いがするところに鼻を突っ込んでいく、ハードボイルド小説の探偵のようなその行動に目が釘付けになり、一気読みしてしまいました。
一休破戒帖 女賊始末
平野純
芸術新聞社
2021年6月1日初版第1刷発行
デザイン:原田光丞
●目次
第一章 再会
第二章 探索
第三章 激突
第四章 大詰
第五章 旅立
本文317ページ
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『一休破戒帖 女賊始末』(平野純・芸術新聞社)
『裸の仏教』(平野純・芸術新聞社)
『ブッダの毒舌 逆境を乗り越える言葉』(平野純・芸術新聞社)
『一休暗夜行』Kindle版(朝松健・光文社文庫)
『とんち探偵・一休さん金閣寺に密室』(鯨統一郎・祥伝社文庫)