『豊臣探偵奇譚』|獅子宮敏彦|ハヤカワ文庫
獅子宮敏彦(ししぐうとしひこ)さんの文庫書き下ろし時代小説、『豊臣探偵奇譚』(ハヤカワ文庫)をご恵贈いただきました。
著者は、2003年に「神国崩壊」で第10回創元推理短編賞を受賞してデビューし、アジアを舞台に歴史的な要素を取り入れた作品などを発表しているミステリー作家です。
「豊臣」+「探偵」という、ミスマッチな単語がつながるユニークなタイトルと、アオジマイコさんのエキゾチックな表紙装画にそそられます。
本書の主人公は、豊臣秀吉の姉・とも(瑞龍院)の子で、豊臣秀長の養子となり、秀長の死後、十三歳で大和国の国主となり百万石余りの所領を継いだ、豊臣秀保(とよとみひでやす)です。
実兄に、関白となる豊臣秀次、お江の最初の夫となる秀勝がいます。
本書は、豊臣の貴公子が奈良で不可思議な事件に巻き込まれ、十七歳で吉野十津川へ落ちていくまでを描いた連作形式の長編小説です。
豊臣秀吉の弟である大和大納言の養子として、13歳で当主となった豊臣秀保。権力から距離をおき、書物で魔物の奇譚などに親しむ秀保だが、本当の怪異が襲い来るとは! 夜空に出現する巨大な手、異形の亀甲怪人の襲来、密室で切り裂かれた死骸……絶望状況に直面したその時、彼を護るのは散楽芸人の少女・日魅火(ひみか)。日魅火に背中を護られながら、秀保は数々の怪異を解き明かしてゆく! 戦国の世に、少年の純粋推理が閃く。
(『豊臣探偵奇譚』カバー裏の内容紹介より)
天正十九年(1591)一月。
秀長の死により大和豊臣家の当主となった秀保は、政務を家老の藤堂高虎ら重臣に任せ、書物をよく読む少年でした。歴史好きで、引き籠って好きなことばかりをして過ごしていました。
近臣の岡戸監物から、領主たる力量を示すため、二十四年前の戦乱で焼損していた奈良の大仏を再建するようにけしかけられました。
そんな力も金もないという秀保に、奈良には「魔空大師」と呼ばれる者がいて、その者と手を組めば誰も逆らえなくなると吹き込みます。
「あれが豊臣家の御曹司か」
「十三と聞いていたが、もっと子供のようではないか」
「そんな子供で百万石が治められるのか」
客たちがそう囁き合っていて、秀保は、顔が赤くなってくるのを意識する。
僧兵も、
「豊臣の小僧とは好都合だ。我らの恐ろしさを見せてやる」
「我らには魔空大師がついているのだ。相手が豊臣であろうと何ほどのことやある」(『豊臣探偵奇譚』P.36より)
奈良に監物らとお忍びで出かけた秀保は、頭塔(ずとう)で、闇乗院の御院主に従う荒くれの僧兵たちに襲われました。
散楽一座の日魅火と亜夜火(あやか)という二人の少女芸人と、ヤスケと名乗る異国の大男が現われて、秀保ら救いました。
日魅火は、片手を上げ、夜空へ向けて、
「来たれ、魔空大師」
「十三と聞いていたが、もっと子供のようではないか」
と叫んだ。
その直後、なんと表現していいのか、気味の悪い笑い声が聞こえて、日魅火につられて空を見ていた秀保も、
「うわっ!」
と驚きの声を上げていた。(『豊臣探偵奇譚』P.68より)
ところが、日魅火は、魔物を操る妖しの者として豊臣家の重臣らによって成敗されることに。
秀保は、日魅火を助けたいと、人を空へ連れ去り、空から死体を降らせるという、魔空大師の妖術の謎に挑みます。
秀保は、その後も、秀吉の唐入りの前線基地である肥前名護屋で、亀甲船を模した風変わりな格好をした曲者に襲われたり、関白豊臣秀次の屋敷となっている聚楽第の密室(ひそかむろ)で切り裂かれた死体を発見したり、秀吉の血縁者として、尋常ならざる状況に次々と遭遇します。
乱世でなければ百姓をしていただろう自分が、豊臣に生まれたことでその血筋の運命に抗い、秀保少年は推理し、愛する者たちを護ろうとしました。
奇想天外でスケールの大きなトリックと、それを解き明かす名探偵・秀保少年。
「ハヤカワ時代ミステリ文庫」でなく、「ハヤカワ文庫JA」レーベルでの刊行で、推理小説としてはもちろん、時代小説としても大いに楽しめます。
伝奇色豊かなロマンあふれる物語からなる四つの話を通して、権力者・秀吉に翻弄された、謎多き豊臣家の貴公子・秀保の生涯が鮮やかに映し出されます。
豊臣探偵奇譚
獅子宮敏彦
早川書房 ハヤカワ文庫
2021年5月25日発行
カバーイラスト:アオジマイコ
カバーデザイン:早川書房デザイン室
●目次
序
第一話 来たれ、魔空大師
第二話 亀甲怪人、襲来
第三話 夜歩く関白
第四話 十津川に死す
著者あとがき
本文413ページ
文庫書き下ろし
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『豊臣探偵奇譚』(獅子宮敏彦・ハヤカワ文庫)
『神国崩壊 探偵府と四つの綺譚』(獅子宮敏彦・原書房)