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生類憐みの江戸、犬をめぐる難事件に「お犬姫」が立ち向かう

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『元禄お犬姫』|諸田玲子|中公文庫

元禄お犬姫諸田玲子さんの長編時代小説、『元禄お犬姫』(中公文庫)をご恵贈いただきました。

260年余り続いた江戸時代の中でも、五代将軍徳川綱吉治下の元禄年間(1688年~1704年)は、特徴的な時代の一つです。

元禄期を代表することといえば、赤穂浪士の討ち入り、「生類憐みの令」、芭蕉や西鶴、近松門左衛門に代表される元禄文化などが挙げられます。

中でも庶民を苦しめて、綱吉に対して悪いイメージを与えたのが、人よりも犬の命が重いといわれる風潮を生んだ「生類憐みの令」です。

本書では、「生類憐みの令」下の江戸で起こる、犬をめぐる難事件に、「お犬姫」と呼ばれる娘が立ち向かい、解決する連作形式の時代小説です。

徳川綱吉が発した「生類憐みの令」のもと、野犬も「お犬様」と称された時代。犬小屋支配を務める森橋家の娘・知世は、どんな犬でもたちどころにてなずけてしまうことから「お犬姫」と呼ばれていた。犬と人間が巻き起こす怪事件・大騒動と、知世をめぐる人間模様・恋模様をあたたかく描いた時代小説。

(『元禄お犬姫』カバー裏の内容紹介より)

鷹狩の際につかう犬を養育したり訓練したりする御犬索(おいぬさく)の家柄で、「生類憐み」の一環で鷹狩が廃止されてから、中野のお犬小屋「御囲(おかこい)」の犬小屋支配役を任じられた森橋家の娘・知世。
野犬猛犬などどんな犬でもてなずけてしまうことから、「お犬姫」と呼ばれています。

元禄十三年秋。
御囲に収容された何万もの犬に二六時中吠えたてられた騒音がもとで、不眠のあげく食欲を失い体調を崩した母と弟、祖父とともに、祖父の昔馴染みで、小石川の竜門寺門前町で剣術道場を開いている堀内源左衛門の離れに移り住むこととなりました。

見知らぬ土地へ引っ越してきて早々に、犬の捕獲でひと役買った知世は、堀内先生から弟子で祖父の亡き剣友の息子・河合真之介を紹介され、おもわず「河合さまはお犬がお好きにございますか」と声をかけてしまいました。

 案の定、真之介は、驚いたように知世を見た。
「御囲からきたお犬姫か……」
 つぶやいた声は平坦で、その顔にもとりたてて勘定の動きは見えない。が、真之介はひとこと吐き捨てて、足早に遠ざかってしまった。
「犬は、嫌いだ」

(『元禄お犬姫』P.17より)

犬に対して複雑な思いを抱えた真之介と、知世の恋の行方も気になります。

堀内道場の古くからの門弟で、祖父とも剣友である、赤穂浅野家の隠居、堀部弥兵衛が訪れ、知世に頼みごとをしました。

赤穂藩赤坂下屋敷で飼われている犬が子を五匹産んだが、母犬が急な病気に罹ってしまい日に日に弱ってきて、子犬たちの命も危ういので、下屋敷に出向いて子犬の世話をしてほしいと……。

本書では、犯行に犬を遣った盗賊や、藩邸でのお犬騒動、幽霊騒ぎから心中事件、仇討ちまで、犬にまつわる悪事から騒動まで、難事件が次々に起こり、「お犬姫」が巻き込まれ、ときには飛び込んでいきます。

「お犬も、愛おしんでもらえなければ心がすさむ。お犬さま、などと持ち上げるだけで、だれもが怖がって相手にしない。それゆえ、野犬が狂犬になってしまうのだ」
「中野の御囲でもそうでした。ひっきりなしに野犬が運びこまれる。白米や味噌、干鰯など与えられて大切にされているように見えますが、その目はうつろで、無駄吠えをするか喧嘩をするか……人にはなつかず、見る見る痩せて早死にしてゆきます。父や兄のような者たちだけではとても手がまわらず、そのことでいつも胸を痛めておりました」

(『元禄お犬姫』P.181より)

戦国時代から続く殺伐とした世の中の風潮を改めて、儒教に基づく仁政を理由に導入された「生類憐みの令」ですが、犬の愛護を事細かに規制したことによって、人よりも犬の命が重要となるようなおかしな事態に至りました。

庶民は後難を恐れて飼育することにうしろ向きになり、捨てられる犬が増え、野犬化して、「御囲」に収容され、広大な「御囲」は十万匹を超える犬でいっぱいに。

当時の時代背景については、巻末の解説で、歴史家の安藤優一郎さんが分かりやすく解説されています。当時を知る一助として、本編の後、あわせて読まれることをお勧めします。

物語では、「お犬姫」知世のはつらつとした活躍や周囲の人たちとの心あたたまるやり取りが描かれ、読了後に心地よい余韻が残ります。
一方で、当時の大事件、赤穂浪士の討ち入りの関係者も登場して、元禄という時代の空気感を伝えていて、興味深いものとなっています。

著者の作品に、赤穂浪士の討ち入り事件の頃の「御囲」で働く娘を描いた時代小説『犬吉』があります。現在絶版になっているようですが、機会があれば再読したい作品です。

元禄お犬姫

諸田玲子
中央公論新社 中公文庫
2021年5月25日初版発行

カバーイラスト:横田美砂緒
カバーデザイン:中央公論新社デザイン室

●目次
序 お犬姫見参
第一話 盗賊お犬党
第二話 赤穂お犬騒動
第三話 仇討お犬侍
第四話 お犬心中
第五話 お犬の討ち入り

解説 巨大な犬小屋があった綱吉の時代 安藤優一郎

本文322ページ

初出:『婦人公論』2016年9月27日号~2018年2月13日号連載
単行本『元禄お犬姫』(中央公論新社、2018年5月刊)を文庫化したもの

■Amazon.co.jp
『元禄お犬姫』(諸田玲子・中公文庫)
『犬吉』(諸田玲子・文春文庫)

諸田玲子|時代小説ガイド
諸田玲子|もろたれいこ|時代小説・作家 静岡県生まれ。上智大学文学部英文科卒。外資系企業を経て、翻訳・作家活動に入る。 1996年、『眩惑』でデビュー。 2003年、『其の一日』で第24回吉川英治文学新人賞受賞。 2007年、『奸婦にあらず...