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借金完済間際で再び窮地の文吉、樽乗り芸の少女と祖父を救え

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『出世商人(三)』|千野隆司|文春文庫

出世商人(三)千野隆司(ちのたかし)さんの文庫書き下ろし時代小説、『出世商人(三)』(文春文庫)を入手しました。

父の遺した艾屋と多額の借財を返すために、店の再興に挑む、十六歳の若者文吉を主人公にした痛快時代小説シリーズの第3巻です。

新薬《元気丸》の商いも軌道に乗り、果たして借金を完済できるのでしょうか。

新薬《元気丸》の商いも評判となり、借財の完遂も目途が立ってきたある日、文吉は樽乗り曲芸師の娘とその祖父に出会う。芸の最中に樽から落ちた娘を庇い、祖父が大怪我をしたのだ。調べてみるとどうやらふたりは何者かに狙われていたらしい。しかもその背後には文吉への妨害も絡んでいて……。借財篇完結となるシリーズ第三弾。

(『出世商人(三)』カバー裏の紹介文より)

急逝した父が営んでいた、小さな艾屋・三川屋を引き継いだ文吉は、多額の借財の返済を迫られました。病気がちの母を抱えながら、一日も早く借金を完済し、商いの種になる金子を貯めて、元気丸以外の薬種を扱うことも考えていました。

神田川に架かる昌平橋の北袂の広場、八つ小路と呼ばれる盛り場で、七歳くらいの娘が大小の重ねた樽の上に乗るという芸をしていた。
多くの人が曲芸に見入っている中で、娘は怖がる様子もなく、下にいる爺さんが投げる樽を受け取って、それを足の下に積んでその上に乗っていった。

文吉は商いがあるから立ち止まらずに、横目で見ながらすぐ脇を通り過ぎようとした、その時。ついに積み上げられた樽が崩れ、娘もそのまま真っ逆さまになり、下にいた爺さんが娘の体を受取ろうとしました。
落ちた樽が爺さんの足にぶつかり尻餅をつき、その腹の上に娘が落ちてきました。

文吉は、爺さんを戸板に載せて、三川屋へ艾の商売道具と一緒に運びました。
重傷を負った爺さん作造と孫娘のナオは文吉に引き取られて、その日から三川屋で養生することになりました。

「ナオは、芸をしくじったのでしょうか」
 途中までは、見事な出来栄えだった。
「そうじゃあねえ。樽に石を投げたやつがいたらしい」
 熊は険しい顔になって言った。樽は微妙な力関係の中で積まれているから、小石を投げられただけでも崩れることになるだろう。
「どうしてそんなまねを」
 下手をすれば、命に障る怪我となる。子どものいたずらではない。
「しくじらせたい者が、いたんだろう」

(『出世商人(三)』 P.39より)

文吉が顔なじみの物貰いで、地回りで金貸しの親分ともつながりがある、熊に樽芸をする娘とその祖父の素性と樽の崩落事故について尋ねました。

同じ頃、文吉は商売敵による悪質な嫌がらせを受けていました。
同じ滋養強壮剤で、対立する老舗の商品をおまけをつけて販売するという売り方で、その影響を受けて元気丸は売上は大きく下がっていました。

文吉は、樽乗り芸の娘と祖父を助けて、商売敵の悪巧みをはね返して、借財を清算できるのでしょうか?

文庫書き下ろし時代小説の名手が贈る、痛快人情話。
常陸府中藩松平家で藩医をつとめる手塚良仙の息子で、蘭方医手塚良庵が、文吉の売る滋養強壮剤の元気丸の開発者として物語に関わってくるところも読みどころの一つです。

良庵は、緒方洪庵の適塾で学び、お玉が池種痘所設立にも関わった人物で、漫画家の手塚治虫さんの曽祖父にあたります。
歴史漫画『陽だまりの樹』のモデルとなっています。

本書で借財篇は完結し、次巻から新しいエピソードが開幕します。
「出世商人」シリーズでは、文吉のさらなる活躍と成長を楽しんでいきたいと思います。

出世商人(三)

千野隆司
文藝春秋 文春文庫
2021年5月10日第1刷発行

イラスト:鈴木ゆかり
デザイン:山本翠

●目次
第一章 樽の崩落
第二章 小火の後
第三章 樽芸復活

本文257ページ

文庫書き下ろし

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『出世商人(一)』(千野隆司・文春文庫)
『出世商人(二)』(千野隆司・文春文庫)
『出世商人(三)』(千野隆司・文春文庫)

千野隆司|時代小説ガイド
千野隆司|ちのたかし|時代小説・作家 1951年、東京生まれ。國學院大學文学部文学科卒、出版社勤務を経て作家デビュー。 1990年、「夜の道行」で第12回小説推理新人賞受賞。 2018年、「おれは一万石」シリーズと「長谷川平蔵人足寄場」シリ...