『駒形堂の藤吉親分捕物話』|岡田鯱彦|捕物出版
岡田鯱彦(おかだしゃちひこ)さんの捕物小説集、『駒形堂の藤吉親分捕物話』オンデマンド本をご恵贈いただきました。
著者は、戦後から1970年代まで、大学で教鞭をとる国文学者のかたわら、『源氏物語』のその後を題材とした王朝ミステリー『薫大将と匂の宮』などの作品をもつ探偵作家でした。
創元推理文庫版の『薫大将と匂の宮』に収録されたエッセイでは、「生来の探偵小説ファンであって、探偵小説は私の恋人である」と書かれています。
探偵小説の部分を時代小説に置き換えると、私の心境と同じで、親近感を覚えました。
国文学者であり、推理小説作家としても本格長編などを残した岡田鯱彦氏の最後の作品は捕物小説であった。
昭和51年に「小説ロマン」誌に連載された「藤吉親分捕物話」がそれである。残念ながら掲載誌は半年ほどで休刊となり、この連作捕物小説もわずか3話しか残らなかった。
稀少な掲載誌を書評家の細谷正充氏より提供いただき刊行した初の単行本。他に昭和29年の別冊宝石捕物帳特集に掲載された「江戸改板 西鶴浮世草子」を収録。
なお、「藤吉」は著者の本名である。(Amazonの内容紹介より)
本書の探偵役の藤吉親分は、浅草は大川端、駒形堂(こまんどう)にほど近くに、女房のお敏と暮らす岡っ引です。
藤吉のもとに、駒形河岸の米屋の手代がやってきて、主人がゆうべ殺されてお金が二百両盗まれたので、すぐに来てほしいと頼みました。
藤吉は早速、手代と一緒に店に向かいます。
その道すがら、手代からどんなふうに殺されていたか、戸締りの状態や店の中の様子などを聞き出しました。
この時、「おーい、親ぶーん、待って下さいよう!」と大声でわめきながら、追い駆けて来る者がある。藤吉親分の女房お敏の知らせを受けて、吹っ飛んで来た、藤吉親分の一の子分と自分では決めている辰五郎であった。
「おう、辰が来たか」
「辰は北じゃあございません。とにかく、親分の足の速えっこたら……おかげで、くたぶれちゃった」
「何だ、今からくたぶれてどうする。仕事はこれからだぞ」
(『駒形堂の藤吉親分捕物話』「帯解け地蔵」P.10より)
愛嬌のあるとぼけた子分の辰五郎がいい味を出しています。
藤吉は、関係者への聞き込みと現場検証をもとに、鮮やかな推理で事件の謎を解き、真犯人を明らかにしていきます。
「親分、こんどは『人間消失』っていう怪事件なんで、……それもまっ昼間、……小さな子供か赤ん坊が、鳶や鷹にさらわれったって話あ聞いたことがあるけど、こりゃあ、そんなんじゃあねえ、りっぱな大人なんで……十八になる娘盛りの、ちゃんとした人間が、まっ昼間、目の前でふいっと消えちまったてえんですから――」
(『駒形堂の藤吉親分捕物話』「人間消失」P.57より)
次に辰五郎がもってきた事件は、花川戸の花緒問屋の一人娘が王子の不動の滝へ滝浴びに出かけて、お供の手代と小僧がいる前で忽然と姿を消したというものでした。
派手な立ち回りによる捕物シーンはありませんが、神隠しや幽霊がらみの事件でも、「怪力乱神を語らず」と見かけに惑わされず、核心に迫っていきます。
「昭和改板 西鶴浮世草子」は、井原西鶴の浮世草子の三編を、ミステリータッチの物語に仕上げたユニークな掌編小説です。
西鶴の本編を知らなくても楽しめました。
この小粋な作品集を読んで、(著者は)本当に探偵小説が好きなんだなあと、ちょっとうれしい気分になりました。
捕物出版で刊行しているオンデマンド本は、A5判サイズがほとんどでしたが、今回は四六判(小説の単行本に多いサイズ)で、一回り小さくなっています。
また、A5判では11ポイントの文字を使った2段組みとなっておりましたが、今回は文字サイズはそのままに1段組みとなっています。
そのせいか、これまでよりもさらに目にやさしく読みやすくなった印象があります。
また、ページ数が少ない作家の作品刊行にも適したフォーマットで、オンデマンド出版の可能性を広げる取り組みと思いました。
駒形堂の藤吉親分捕物話
岡田鯱彦
捕物出版
2021年5月10日 オンデマンド版初版発行
装画:早川修
目次
駒形堂の藤吉親分捕物話
帯解け地蔵
人間消失
白い小犬の幽霊
昭和改板 西鶴浮世草子
本文181ページ
本書収録作品の底本は、以下の通り。
「駒形堂の藤吉親分捕物話」の三編は、「小説ロマン」昭和51年7月号~10月号(芸文社)
「昭和改板 西鶴浮世草子」 「別冊宝石40号 江戸好色(新作読切)捕物帳」(岩谷書店、昭和29年9月15日発行)
■Amazon.co.jp
『駒形堂の藤吉親分捕物話』オンデマンド本(岡田鯱彦・捕物出版)
『薫大将と匂の宮』(岡田鯱彦・創元推理文庫)