『己丑の大火 照降町四季(二)』|佐伯泰英|文春文庫
佐伯泰英さんの文庫書き下ろし時代小説、『己丑の大火(きちゅうのたいか) 照降町四季(てりふりちょうのしき)(二)』(文春文庫)を入手しました。
照降町の鼻緒屋の娘で鼻緒挿げの職人佳乃を主人公にした、人情市井小説シリーズの第2弾です。
照降町は、堀江町河岸と小船町河岸の二つの河岸道と日本橋川に面した小網町河岸に囲まれた場所の南側にありました。下駄、雪駄などの履物屋と傘屋が軒を並べていることから、晴れても雨が降っても商売になるものを売っていた店があることからそう呼ばれていました。
文政12年3月21日。神田佐久間町の材木置き場で、見習い職人が捨てた煙管の火が燃え上がった。大火がついに江戸を襲う! 「私どもは、地獄を見ているのですか」――日本橋を焼き落とした炎が照降町の梅の木に迫ったその時、佳乃は決死の行動に出る。周五郎と町の人々は果たして? そして小伝馬の牢から解き放たれた囚人たちの行方は。
(『己丑の大火 照降町四季(二)』カバー裏の紹介文より)
文政十二年(一八二九)三月二十一日。
神田佐久間町二丁目にある材木屋尾張屋の材木保管蔵から、煙管の火の不始末から火の手が上がりました。折からの北西の強風で大川の方向に向かって燃え広がってきました。
やがて、掘割に囲まれた照降町にも炎は近付いてきました。
佳乃は、鼻緒挿げ職人見習で鼻緒屋を手伝っている浪人・八頭司周五郎と船頭の幸次郎の助けを借りて、猪牙舟で病床の父・弥兵衛と母八重を深川にある菩提寺まで避難させることになりました。
大川の西側は巨大な炎と煙に包まれていた。もはや昼だか夜だか分からないくらいの炎と煙だった。
「おー、とんでもねえことになったぜ」
孝次郎がしばし茫然自失したのち、呟いた。
「江戸はどうなるの」
(『己丑の大火 照降町四季(二)』 P.72より)
物語の前半では、明暦、明和、文化の大火事に迫るような火事の描写と登場人物たちの動きが臨場感たっぷりに描かれています。
「八頭司さん、私どもは地獄を見ているのですか」
四之助が尋ねた。
日本橋からこちらに黒焦げの焼死体が何十何百と重なって浮いていた。
「四之助どの、極楽浄土も地獄も現の世にあるようだな」
としか周五郎に応える術はなかった。
そのとき、周五郎は照降町の荒布橋でひとりの女が川の水を桶で汲んで、御神木の老梅に懸けているのをみた。
(『己丑の大火 照降町四季(二)』 P.116より)
そして、火事の後に次々と起こる出来事が、本書の読みどころとなります。
リーダビリティある、ストーリー展開で一気読みができます。
タイトルにある、「己丑」(きちゅう、つちのとうし)は干支の一つで、「甲子」(こうし、きのえね)から始まる干支の組み合わせの26番目。
文政12年(1829)は、「己丑」の年にあたります。
物語に描かれた大火は、後に「文政の大火」や「神田佐久間町の火事」と呼ばれました。
ちなみに、今年2021年は38番目の「辛丑」(しんちゅう。かのとうし)です。
己丑の大火 照降町四季(二)
佐伯泰英
文藝春秋・文春文庫
2021年5月10日第1刷
カバー:横田美砂緒
デザイン:中川真吾
●目次
第一章 南峰の試み
第二章 御神木に炎
第三章 押込み強盗
第四章 大川往来
第五章 弥兵衛の遺言
本文331ページ
文庫書き下ろし。
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『己丑の大火 照降町四季(二)』(佐伯泰英・文春文庫)