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人生はきっとやり直せる。ハートフル時代ミステリー

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『くら姫 出直し神社たね銭貸し』|櫻部由美子|時代小説文庫

くら姫 出直し神社たね銭貸し櫻部由美子さんの時代小説、『くら姫 出直し神社たね銭貸し』(時代小説文庫)を入手しました。

著者は、2015年に、15世紀末のヨーロッパを舞台に、“シンデレラ”の物語のモチーフにしたファンタジックミステリー『シンデレラの告白』で第7回角川春樹小説を受賞しました。

2019年には、初の時代小説『ひゃくめ はり医者安眠 夢草紙』を発表した、気鋭の小説家です。『ひゃくめ』は不眠の病を患った娘と江戸で評判のはり治療院を舞台に描く人情事件帖です。

下谷にある〈出直し神社〉には、人生を仕切り直したいと願う人々が訪れる。縁起の良い〈たね銭〉を授かりに来るのだ。神社を守るのはうしろ戸の婆(うしろどのばば)と呼ばれる老女。その手伝いをすることになった十六歳の娘おけいは、器量はよくないが気の利く働き者だ。ある日、神社にお妙と名乗る美女が現れる。蔵茶屋の商売繁盛を望む彼女が授かったのは大枚金八両。さらにうしろ戸の婆は、お妙に相談役としておけいを連れて行くように言い、おけいには「蔵に閉じ込められたものをすべて解き放ってくるように」と耳打ちして――。読み応え抜群の時代小説。

(『くら姫 出直し神社たね銭貸し』カバー裏の紹介文より)

おけいは、その日も奉公先を探して口入れ屋を巡り歩いていましたが、仕事はありません。
自分の容姿がよくないことから店先の売り子の仕事も紹介されないこともおけい自身が承知していました。

まん丸い顔の左右に目が離れていて、口も極端に大きい。
十六歳にしては背が低すぎて、小さな身体で跳びまわる姿がアマガエルみたいで可愛いと言ってくれる人もいましたが、看板娘にはなれません。

別の口入れ屋を訪ねようと外へ出たところ、カラスが羽ばたく空から紙が舞い落ちてきました。
紙には「手伝いを求む。〈出直し神社〉――」の文面。
不思議なカラスに導かれて、おけいは下谷の一角にある、粗末な鳥居と社殿らしき建物の前に出ました。

いつの間にか社殿の扉の前には老婆が立っていました。
社殿には〈御祭神・貧乏神〉と書かれた額が掛かっていました。

「長らく一人でおやしろを守ってきたのだが、見てのとおり、少しばかり歳を取ってしまってね。気の利いた手伝いが欲しくなったのだよ。ところでおまえ、名はなんというのかね。歳はいくつだい」
 問われるままに名前と歳を答える。
「では、おけい。おまえが十六年の人生をどのように過ごしてきたのか、この婆に聞かせておくれ」
 
(『くら姫 出直し神社たね銭貸し』 P.11より)

おけいは天涯孤独の身。
生まれは神奈川宿に近い農村で、裕福な村役人を父親に持ちながら、生まれてすぐ里子に出されました。品川宿で小さな飯屋を営む、子のない夫婦に引き取られて育てられました。ところが八歳のときにどちらも流行り病で若死にすると、おけいの不運が始まりました。奉公する店が次々につぶれたり、不幸にあったり、傾いたりと。

〈うしろ戸の婆〉と呼ばれる、〈出直し神社〉を守る老女は、おけいの不運続きの生い立ちを聞き、「貧乏神に相応しい娘を閑古鳥が連れて来た」と、その日から手伝いに採用しました。

貧乏神を祀る神社に氏子はいません。参拝客のほかに一人か二人、客が来て、うしろ戸の婆に打ち明け話をします。話を聞いた婆は、穴の開いた琵琶を振って、転がり出た銭を客に授けます。出直し神社では〈たね銭貸し〉をしていました。

たね銭とは、商いなどを始める際の元手となる縁起のよい金のこと。借り手は一年後に倍の額を返すのが習わしとなっていました。

ある日、神社にお妙と名乗る、紺屋町の古蔵を買い取って、〈くら姫〉というお茶屋を営む美女がやってきました。

開店したばかりを店の経営に失敗し、少しでも資金が残っているうちにやり直すために、人づてに縁起がよいと聞いた出直し神社のたね銭を授かりに来たと言います。

婆が琵琶を振って出てきたのは、八枚の小判でした。
婆はお妙に、たね銭とともに、お蔵茶屋の立て直しの目途がつくまでおけいを相談相手としてかしてやろう言いました。

不思議な始まりですが、お妙のお蔵茶屋(蔵カフェのようなもの)の再生の物語となり引き込まれていきます。

「蔵に閉じ込められたものをすべて解き放ってくるように」と、婆がおけいに耳打ちした謎の言葉の意味も次第に明らかになっていきます。

出直し神社のたね銭は、人生をやり直そうとする人を応援します。
そして、貧乏神に愛された娘・おけいがその手助けをする、ハートフルな時代ミステリーです。

くら姫 出直し神社たね銭貸し

櫻部由美子
角川春樹事務所・時代小説文庫
2021年4月18日第一刷発行

装画:めばち
装幀:アルビレオ

●目次
第一話 お蔵茶屋の女店主へ――たね銭貸し金八両也
第二話 木戸番小屋の女房へ――たね銭貸し銭三貫文也
第三話 生反尺な廻り髪結いへ――たね銭貸し金一分也
解説 吉田伸子

本文275ページ

文庫書き下ろし

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『くら姫 出直し神社たね銭貸し』(櫻部由美子・時代小説文庫)
『シンデレラの告白』(櫻部由美子・角川春樹事務所)
『ひゃくめ はり医者安眠 夢草紙』(櫻部由美子・時代小説文庫)

櫻部由美子|時代小説ガイド
櫻部由美子|さくらべゆみこ|時代小説・作家 大阪府大阪市生まれ。 2015年、『シンデレラの告白』で第7回角川春樹小説賞受賞。 2019年、初の時代小説『ひゃくめ はり医者安眠 夢草紙』を発表。 2021年、『くら姫 出直し神社たね銭貸し』...