『初詣で 照降町四季(一)』|佐伯泰英|文春文庫
佐伯泰英さんの文庫書き下ろし時代小説、『初詣で 照降町四季(一)』(文春文庫)を入手しました。
本書は、「居眠り磐音」や「酔いどれ小籐次」、「密命」シリーズの金杉惣三郎など、痛快な時代ヒーローを生みだしてきた著者が初めて手掛ける、一人の女性を主人公にした市井小説シリーズです。
文政11年暮れ。雪の照降町(てりふりちょう)に「鼻緒屋」の娘・佳乃が帰ってきた。男と駆け落ちしてから三年の間に父は病に伏し、店には職人見習いの浪人・周五郎が、父の替わり職人の腕を磨く佳乃は老舗「宮田屋」や吉原の花魁・梅花から認められる。そんな時、あの男が現れて――己丑の大火前夜、で戻った女を町が守る!知恵と興奮の物語、全4巻。
(本書カバー裏の紹介文より)
文政十一年(一八二八)師走。
荒布橋のたもとに、小さな風呂敷包み一つを手にした女が佇んでいました。
橋の東詰にある、一本の白梅の老木に、三年ぶりに触れた女は、手を差し伸べて雪のひとひらを掬っていました。
夜鳴き蕎麦屋が女の横顔を見て立ち止まり、「おめえさん、鼻緒屋のよっちゃんじゃねえか」と恐る恐る声をかけました。
「や、やっぱりよ、よっちゃんだな」
「夜鳴き蕎麦屋のおじさん、元気」
「おれが元気なんてのはどうでもいいや。よっちゃんよ、お父つぁんのこと聞いて戻ってきたか」
「えっ、お父つぁんになにがあったの」
「知らねえのか、喘息だよ。不意に咳が出てよ、息ができなくなるんだよ、仕事どころじゃねえんだ。早く帰ってやんな。ここんとこ滅法寒いや、病がぶり返しているかもしれねえや」
(『初詣で 照降町四季(一)』 P.13より)
照降町の鼻緒屋の娘、佳乃が三年ぶりに帰ってきました。
西の魚河岸と東の芝居町や旧吉原に挟まれ、三方を堀に囲まれた小網町横町とも堀江町横町とも呼ばれる界隈は、両側町で傘、雪駄、下駄を売る店が多く軒を連ねていました。
晴れの日には雪駄が、雨の日には傘がよく売れ、「照降町」(てりふりちょう、てれふれちょう)と呼ばていました。
佳乃の実家の鼻緒屋も小店ながら、鼻緒だけでなく下駄も草履も扱っていました。
「私が悪うございましました、お父つぁん」
「ど、どうしたえ、あの男は」
父親の口から出たのは佳乃の駆け落ちの相手のことだった。
「飲む打つ買うの末に賭場に借財をつくった三郎次はわたしに『苦界に身を沈めて金を作ってくれ、そうしなければ俺は殺される』というので、逃げ出してきたの」(『初詣で 照降町四季(一)』 P.19より)
三年前、十八歳で父弥兵衛のもとで鼻緒挿げの修業をしていた佳乃は、魚問屋に奉公していた三郎次と駆け落ちをしました。
三郎次はいなせな男振りで界隈の娘は皆惚れるほどでしたが、札付きの悪でした。
小町娘の佳乃に三郎次との付き合いを止めるように忠言する者もいたほど。
実家は、父は病の床に付き、代わりに八頭司周五郎(やとうじしゅうごろう)と名乗る浪人が通いの奉公人として、鼻緒挿げの修業をしていました。
翌日から日和下駄の鼻緒を挿げ替えを始めた佳乃は、久々とは思えぬ見事な手さばきで父がやり残した仕事を仕上げました。
納品先の傘・履物問屋の宮田屋の大番頭にも、早速その腕を認められました。
平穏な町に、佳乃が戻ったことから、騒動が起こります。
小さな鼻緒屋で奉公を望む周五郎にも、人に打ち明けられない過去があり、物語は進展していきます。
出戻り女の佳乃の帰還を温かく受け入れる照降町の住人たちの人情が心に沁みます。
佳乃のほうも江戸娘らしい、サバサバした気性で過去の過ちにとらわれず、お節介なところもある、魅力的なヒロイン。
4か月連続刊行の第1弾ということで、楽しみが続きます。
初詣で 照降町四季(一)
佐伯泰英
文藝春秋・文春文庫
2021年4月10日第1刷
カバー:横田美砂緒
デザイン:中川真吾
●目次
第一章 出戻り
第二章 除夜の鐘
第三章 梅が散る
第四章 吉原初登城
第五章 百度参り
本文325ページ
文庫書き下ろし。
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『初詣で 照降町四季(一)』(佐伯泰英・文春文庫)