『来世の記憶 鍋島佐賀藩の奇跡』|東圭一|佐賀新聞社
東圭一(あずまけいいち)さんの歴史小説、『来世の記憶 鍋島佐賀藩の奇跡』(佐賀新聞社)を紹介します。
江戸時代の佐賀藩は、なかなかにくせ者です。
鍋島騒動や「葉隠」で全国的に知られたかと思うと、幕末には独力で技術立国を成し遂げ、その力を生かして明治維新では薩長土肥の一翼を担っています。
幕末、佐賀藩下士の家に生まれた慎之介は、幼いころより奇妙な記憶に悩まされていた。成長とともにその記憶が百五十年先のある若者の記憶と同期していることを知る。この時、藩では藩主鍋島閑叟の命により、幕府もまだ成し得ない反射炉を用いた鉄製大砲の鋳造に挑んでいた。藩校生の慎之介はこの事業にその特異な知見を持って関わることになり、その後の蒸気機関車の雛型や電信機の製作などにおいても陰でその異能ぶりを発揮する。そして文久三年、藩主より当時の世界最高の銃砲であるアームストロング砲の独自製造の命が下る。
数奇な運命を持つ若者の見た幕末の佐賀は―。(本書カバー帯裏の紹介より)
幕末の佐賀藩を率いたのが、十代藩主の鍋島直正(閑叟)です。
その強力なリーダーシップのもと、技術立国化して、国内では並ぶ者のがない軍事工業力をつけました。
薩長土佐が多くの藩士たちの血で購った新政府における発言力を、肥前佐賀藩は最新兵器を装備した軍事力を背景に手に入れました。
軍事ばかりでなく、優秀な理系の人材を輩出し、明治の殖産興業を支えました。
本書の主人公・龍前(りゅうまえ)慎之介は、幕末の肥前国佐賀藩で手明鑓(てあきやり)と呼ばれる、最下級の藩士の一人息子として生まれました。
手明鑓とは、佐賀藩と支藩の蓮池藩だけにある身分です。藩士としての役はありませんが、十五石石の切米が支給され、戦時には鑓一本をもって奉公するように定められていました。
慎之介は、百五十年先を生き、自身の血を引く少年龍太と、お互いに意思疎通ができるという不思議な力を持っていました。
龍前慎之介様
私は、龍前翔太と申します。私は貴方の時代から百五十年先の平成十二年の佐賀に住み、現在十五歳です。西暦で言えばちょうど二〇〇〇年です。私は前世の記憶、つまりはおそらく御先祖様である貴方の記憶を持って生まれました。そしてまた貴方の成長と私の成長が同時に進行しているということも分かりました。(後略)(『来世の記憶 鍋島佐賀藩の奇跡』P.21より)
自分の生まれ変わりである翔太が平成の知識を伝えようとしてくれます。慎之介はその思いにこたえて、藩のために役立てようと思いました。
「慎之介さんは、その翔太さんの知識をこちらで使うことをためらっておられるのではないかと」
「つまり歴史が狂うとかそういう意味でかな……」
「もっと簡単にいえば、ずるい行為であるとか」
「確かにそれはあるたい」
「私は、遠慮せず使ってほしいと思います。すでにその知識を使っているのなら、これはもう歴史の必然と考えるべきではないでしょうか」(『来世の記憶 鍋島佐賀藩の奇跡』P.84より)
慎之介は自分と同じように、来世の人と交信できる少女・お千香と出会い、前世と来世は絡み合っているので、その力を遠慮せずに使うべきと言われました。
慎之介は翔太の伝える来世の記憶を使って、技術立国へ舵を取った鍋島佐賀藩で、反射炉、蒸気機関、電信機、アームストロング砲と次々に新事業に関わっていきます。
史実と空想を織り交ぜ、幕末と現代がパラレルに進行していく、時代SF小説の体を取りながらも、佐賀藩が幕末に飛躍できた謎を解き明かしていく、歴史時代小説に仕上がっています。
「肥前の妖怪」と他藩から恐れられる藩主の鍋島閑叟をはじめ、殿の側近の佐野常民、藩が招聘した蘭学者の中村奇輔、「からくり儀右衛門」こと田中久重ら、実在の人物も登場します。
外国の力も幕府の力も借りずに、藩内だけで奇跡の工業化・近代化を成し遂げていく、熱い男たちのドラマに引き込まれます。
来世の記憶 鍋島佐賀藩の奇跡
東圭一
佐賀新聞社
2020年10月15日発行
表紙写真提供:PIXTA
裏表紙写真:佐賀藩築地反射炉絵図(公益社団法人鍋島報效会蔵)
●目次
第一章 夢の記憶と洋算
第二章 反射炉
第三章 蒸気機関
第四章 電信機
第五章 アームストロング砲
本文213ページ
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『来世の記憶 鍋島佐賀藩の奇跡』(東圭一・佐賀新聞社)
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