『千里をゆけ くじ引き将軍と隻腕女』|武川佑|文藝春秋
武川佑(たけかわゆう)さんの長編時代小説、『千里をゆけ くじ引き将軍と隻腕女』を入手しました。
本書は、くじ引き将軍と揶揄されながらも恐れられた室町六代将軍足利義教と、義教への復讐心を育てていった少女を描いた歴史時代小説です。
義教というと、苛烈な側面から万人恐怖と呼ばれる恐怖政治で知られています。
はたして実像はどうだったのでしょうか。
【小鼓】坂本で饅頭売りをしていたが、父・良兼を追ってきた義圓に町を焼き払われる。父をかばった際に左腕を切り落とされて生死の境をさまようが、坊門殿に引き取られる。「どんな人も、必ず活きるべき場所がある」という義圓の言葉に励まされ、兵法を学ぶ。
(本書カバー帯の内容紹介より)
応永三十三(一四二六)の暮れ。
十二歳の少女小鼓(こつづみ)は、天台宗総本山、比叡山の門前町坂本で饅頭を売って日銭を稼いでいました。母は六つのときに病気で死に、父は足軽で昨日、大和国の戦から帰ってきたばかりでした。
その日、侍烏帽子に胴丸をつけた足軽が二十人ばかり、墨染めの衣に金泥の刺繡の入った美しい袈裟を身に着けた若い男に率いられた一団が客となり、茶と饅頭を買ってもらいました。
義圓(ぎえん)と呼ばれる美丈夫の僧は、小鼓に興味を覚え、言葉を交わしました。
「お主は坂本の民か」
小鼓が頷くと、義圓の眉頭に深く皺が刻まれる。
「これから坂本で騒ぎが起きるであろう。これは比叡山の学僧も了解していることである。町には戻らぬがよいぞ」
騒ぎ、とはなんだろう。口ぶりから騒ぎを起こすのは、ほかならぬ義圓自身ではないかと小鼓は思ったが黙っていた。
「ほかに大事な者がいるなら逃げるように伝えよ。よいな」
(『千里をゆけ くじ引き将軍と隻腕女』P.10より)
一刻ばかりすると、坂本の町で火事が起こり、小鼓は深酒をして寝ている父が心配になり町外れの小屋を目指し、鎧櫃を背負って駆けてくる父と出会いました。比叡山へ逃げる中で、義圓率いる一団に見つかり、父は良兼と呼ばれて罪人として矢を射られました。
刀で斬られそうになった父の前に身を投げ出した小鼓は左腕を斬り落とさて、肩口の痛みで意識を失いました。
意識を失った小鼓は、義圓が管理をしている坊門殿に引き取られて介護され、育てらえることになりました。
義圓は室町将軍の弟で芸事や学問のできる者を養成していました。
世阿弥について能楽を学ぶ十郎や幕府の剣術師範について剣術鑓術薙刀術などを学び義圓の御供をする大宝など。
坊門殿には五つから十五まで、十人ほど暮らしていました。
小鼓は舞や和歌が不得手でしたが、父に教えらえた「兵法」を得意にしています。
孫子、呉子、尉繚子らが残した武経七書を読み、古の兵法家になったように架空の山野で兵と兵を動く光景が鮮やかに目に浮かぶようになりました。
やがて義圓は還俗して義教と名乗り、小鼓らとともに戦場を駆けていきます。
室町時代を活写する、新しい歴史時代小説を満喫したいと思います。
千里をゆけ くじ引き将軍と隻腕女
武川佑
文藝春秋
2021年3月25日発行
装画:槇えびし
装丁:野中深雪
目次
序 地獄の釜が閉じるとき
一 比叡山坂本
二 京・坊門殿
三 西国下り
四 北九州征伐
五 香春岳攻め
六 大野城攻め、怡土城にて
七 富士への遊覧
八 坂東の地で
九 永享の乱と結城合戦
十 嘉吉の乱
本文332ページ
書き下ろし。
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『千里をゆけ くじ引き将軍と隻腕女』(武川佑・文藝春秋)