『蔦重の教え』|車浮代|双葉文庫
車浮代(くるまうきよ)さんの時代SF小説、『蔦重の教え』をご恵贈いただきましました。
若い頃に、ロバート・フルガムの『人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ』を読んで感銘を受けたことがあり、印象的なタイトルともに長く記憶に残っています。
人はどう生きるか、どのようにふるまい、どんな気持ちで日々を送ればいいのか。人生の知恵は幼稚園のときに学んでいて、それに気づかせてくれる本でした。
本書を手にして、ふと、このエッセイ集を思い出しました。
退職を迫られた55歳の崖っぷちサラリーマン・武村竹男(タケ)が、お稲荷さんの怒りに触れて江戸時代にタイムスリップ。なぜか20代に若返っているタケを拾ってくれたのは、稀代の出版プロデューサー「蔦重」こと蔦屋重三郎だった! タケは、無名時代の喜多川歌麿らを同僚として身も知らぬ江戸の社会で懸命に働く。蔦重の叱咤激励は口は悪くとも人間の本質をついていて思わずメモを取りたくなるものばかり。
「俺は、人生ってのは知恵比べだと思ってんだ」――蔦重の言葉がタケを成長させる。感動の面白さをお届けする、実用エンタメ小説!(本書カバー裏の内容紹介より)
本書の主人公は、小さいながらも広告代理店に勤める55歳の武村竹男。
会社で一番の稼ぎ頭だったはずが不運が続き、社長から退職を迫られ、その日、失意のどん底のまま、生まれて初めて吉原に足を向けました。
しこたまヤケ酒を飲んで酔っ払って、稲荷神社の鳥居の根元で放尿をし、「あーあ、やり直してぇなあ!」と叫んだ瞬間、足元の地面がかき消えてしました。
「おい! おい若造! でえじょうぶか!?」
ペシペシと頬を叩かれ、私はうっすらと目を開けた。……と、くっきりとした顔立ちの男が私を覗き込んでいた。
(助かったのか……)
とても長い夢をみていたような気がする。きっとこれが、“死ぬ前に走馬灯のように思い出が駆け巡る”というやつなのだろう。私の場合、今日半日を駆け巡ったに過ぎないが。
「おっ、気付いたみたてぇだぜ。なんでぃおい、お歯黒ドブで溺れるなんざ、心中崩れじゃねえだろうな。だとすりゃ晒しモンだぜ」
(『蔦重の教え』P.9より)
竹男が目を覚ましたのは、天明五年(1785年)の吉原の妓楼でした。
お歯黒ドブで溺れているのを、蔦重こと蔦屋重三郎によって助けられ、妓楼の行燈部屋に寝かされていました。
しかも、タイムスリップをしたせいか、五十五歳の竹男は二十代の若者タケになっていました。
「なあ、おめえがここに来たのって、罰なのかな?」
「違うんですか?」
「いや、試練だとは思うんだが、なんでこの時代に落とされたのかな、ってよ」
「そうですよ。どうせならこの見かけ通り、三十年前にさかのぼってやり直させてくれれば良かったのに……」
「馬鹿。それじゃあおめえ、ズルになっちまわぁ。同じ時間をなぞっていいんなら、しちゃあならねぇことも全部知ってるし、金儲けの方法なんていくらでもあるからな」
(『蔦重の教え』P.30より)
タケの話を聞いた蔦重は、タケが未来から来たことを理解しましたが、そのまま、自分の店でタケの面倒を見ることにしました……。
歌麿や写楽らを世に送り出した、天才出版プロデューサー、蔦屋重三郎。
現代人の感覚をもつタケの目を通して、蔦重が成功を掴んだビジネスの知恵、江戸の風俗やしきたり、江戸人の考え方や感性が生き生きと伝わってきます。
「俺は、人生ってのは知恵比べだと思ってんだ」という蔦重からタケは何を学び、どのように成長していくのでしょうか。
そして武村竹男は現代に戻ってくることができるのでしょうか。
崖っぷちのサラリーマン、しかも糖尿病という主人公に、ただただ共感を覚えます。
お楽しみはこれから。物語に戻ります。
蔦重の教え
車浮代
双葉社・双葉文庫
2021年3月15日 第1刷発行
カバーデザイン:bookwall
カバーイラストレーション:武藤文昭
351ページの図版提供:(公財)アダチ伝統木版画技術保存財団「歌川広重 名所江戸百景 深川洲崎十万坪」
目次
なし
解説:松崎未來(ライター/浮世絵ポータルサイト「北斎今昔」編集長)
本文374ページ
単行本『蔦重の教え』(飛鳥新社、2014年2月刊)を加筆修正し、文庫化したもの。
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『蔦重の教え』(車浮代・双葉文庫)
『人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ』(ロバート・フルガム著・池央耿訳・河出文庫)