『風巻(しまき) 伊豆春嵐譜』|鳴神響一|早川書房
鳴神響一さんの長編歴史小説、『風巻(しまき) 伊豆春嵐譜』(早川書房)をご恵贈いただきました。
2021年3月20日は春分の日でお彼岸の中日です。
147年前の1874年(明治7年)3月20日未明、フランスの貨客船ニール号が、伊豆半島の入間沖で沈没する事件が起きました。
「ニール号沈没」や「ニール号の遭難」と呼ばれる海難事故です。
(詳細はネタバレになりそうなので控えます)
本書は、その悲劇を題材に、国を超えた友情を描いた歴史小説です。
明治7年、南伊豆入間村――その日、海は龍のごとく逆巻き、猛る嵐が漁村に襲いかかった。
漁師・達吉が命を救ったのは、一人の異人だった。
かくまえばお咎めをうけることは必至。
それでも、達吉は助ける決意をする。
やがて明らかになる異人の数奇な運命。
二人は友情を交わしてゆくが……〈ニール号沈没〉の史実を題材におくる、命をかけた友情物語。
(本書カバーの紹介文より)
南伊豆入間村の漁師の達吉は十七歳。
烈風が吹き荒れる彼岸の中日前夜、達吉は同い年の親友要蔵と一緒に、共に乗り組んでいる天当船の梵天丸の様子を見に行く役目を負って、暴風雨の中、浜まで出かけました。
無惨に傾いて、砂浜に一部埋もれている梵天丸を目にし、二人は、力を合わせて船の傾きをもとに戻し、杭を打ち、苫の覆いをかけ直し、荒縄で覆いを留める作業をしました。
作業を終えた二人は、遠く前浜の波打ち際に、六尺はありそうな大男が両手を前に突き出してふらふらと砂丘の斜面を登り始めているのを発見しました。
四角い額の左半分に大きな裂傷があって血が流れ出して、肌を濡らした雨水に溶けていた。
力なく開かれた灰青色の瞳で、あたりをぼんやりと見ていた男は、達吉たちへと顔を向けた。
「Naufrage……」(難船だ……)
唇がかすかに動いて異人は言葉を漏らした。声帯に全く力の入っていないかすれ声だった。(『風巻(しまき) 伊豆春嵐譜』 P.23より)
入間村の人々による異国の遭難船の救出劇の始まりです。
吹く風は収まってきてはいるものの、激しい波があり、入間の海はまだまだ危険な状態の中、「ここが入間漁師の力の見せ処」という楫取役の掛け声のもと、梵天丸は生存者を探しに海に出ました。
荒れる海での息詰まるような遭難者の救出回収のシーンにハラハラドキドキが止まりません。興奮の渦に引き込まれていきます。
若き漁師の達吉は、異人の生存者の一人から「カクマッテ」と懇願されて、村の念仏堂に匿うことにしました。
ところが、それが小さな村を揺るがす大事件に……。
物語には、会津藩元家老の西郷頼母(保科頼母)や津田梅子らとともに岩倉具視遣外使節団に同行しアメリカ留学を果たした吉益亮子も登場します。
この先、どのようなストーリーが紡がれていくのか、大いに気になりますが、紹介はここまでとします。
風巻(しまき) 伊豆春嵐譜(いずしゅんらんふ)
鳴神響一
早川書房
2021年3月25日第1刷発行
装画:もの久保
装幀:早川書房デザイン室
●目次
第一章 友よ嵐の道を駆けよ
第二章 荒海へ出でよ
第三章 窮鳥懐に入れば
第四章 あまねく縁に随いて
第五章 真珠の星なる君なりき
第六章 浦山風に花衣の舞う
拾遺
《主要参考文献》
本文274ページ
書き下ろし。
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『風巻(しまき) 伊豆春嵐譜』(鳴神響一・早川書房)