『さんばん侍 利と仁』|杉山大二郎|小学館文庫
杉山大二郎さんの文庫書き下ろし時代小説、『さんばん侍 利と仁』(小学館文庫)を入手しました。
「さんりゅうしゅ、ですね」
私事で恐縮ですが、二、三日前から右目が少し痛くて痒みがあり、「ものもらい」を疑い、今朝、「四谷怪談」のお岩さんのように右瞼のところが腫れたことから、本日眼科医の検診を受けました。
その結果、瞼に固いしこりができているということで、霰粒腫(さんりゅうしゅ)という診断が出て、抗生物質の入った点眼薬をいただき、数日様子を見ることとなりました。
さて、本日取り上げる『さんばん侍 利と仁』の中で、主人公仁吉(じんきち)が七歳の頃のエピソードが描かれていました。
母と二人、貧乏暮らしを続けている中で、母が内職で少しまとまった実入りがあって、富岡八幡宮に御礼のお参りをして帰りに蕎麦や団子など美味しいものを食べようと出かけました。門前で、薬売りの香具師から丸薬の包みを盗み、折檻されている少年を見かけて、母は仲裁に入りました。
江戸時代、庶民が気軽に医者にかかるったり、容易に薬を求めたりするが難しいことがうかがい知れます。
今の日本に暮らしていてありがたいと感じることの一つに、医療体制が充実していることあります。
二十四歳の鈴木颯馬は、元は町人の子。幼くして父を亡くし、母とふたりの貧乏暮らしが長かった。縁あって、手習い所で働くうちに、大器の片鱗を見せはじめた颯馬だが、十五歳の時に母も病で亡くし、天涯孤独の身となってしまう。
が、捨てる神あれば拾う神あり。ひょんなことから、田中藩江戸屋敷に勤める鈴木武治郎に才を買われ、めでたく養子に。だが、勘定方に出仕したのも束の間、田中藩領を我が物にせんとする老中格の田沼意次と戦うことに。藩を救うべく、訳ありで、酒問屋麒麟屋の番頭となった颯馬に立ち塞がる壁、また壁! 江戸の剣客商い娯楽小説第一弾!(『さんばん侍 利と仁』カバー裏面の紹介より)
宝暦十年(1760)皐月、母子二人の貧乏生活が続く中、仁吉は十五歳になっていました。母お芳は病に伏せるようになり、仁吉は野菜の棒手振りで生計を立てていました。
日々病状が悪化していくお芳の病気を治したくて、町医者のもとを訪ねますが、銭がなければ診られないし薬も出せないと断られてしまいます。
町医者から、「精のつくものでも食べさせなさい」と言われて、鰻を買ってお芳に食べさせたいと、新たなアルバイト始めました。
「好きなだけ学問をさせてもらえるんだ。親に感謝しなくちゃ」
諭す仁吉に、勘平も真顔になって頷くものの、
「わかってるさ。だけど、やっぱりおいらは学問は苦手だよ。今日も帰ってから、『商売往来』のおさらいをしなくちゃならないんだ。それがなけりゃ、さっさと遊びに行けるのにさ」
(『さんばん侍 利と仁』P.53 より)
学問に銭を回せる余裕のない仁吉は、仕事が早く終わった日は必ず、浪人清十郎が教える手習い所の縁側に勝手に座って講義を聴いていました。月謝を払っていないので、塾生ではありませんが、清十郎は決して咎めずに黙認していました。
そんな中で、仁吉は、大店の古着屋の次男坊で気が弱くて友達がいない、勘平と親しくなり、勘平の代わりにおさらい(宿題)をやることで一度につき四文を得ました。
大好きな学問ができて銭も稼げ、友達にも喜ばれると良いことづくめでしたが、ところが……。
町人の子仁吉は、やがて縁あって、田中藩士の養子となり、武士鈴木颯馬(そうま)となります。
本書では、前半で若き日の仁吉の人間形成と成長を丁寧に描いていくことで、物語の後半で、どのように成長し、活躍していくかのか、大きな期待が膨らんでいきます。
そこには、母や清十郎の教え、周囲の人たちの見守りや助けもありました。
ページに戻って、田沼意次時代の江戸を舞台にした、エンタメ「ビルドゥングスロマン(教養小説、成長小説)」を楽しみたいと思います。
さんばん侍 利と仁
杉山大二郎
小学館・小学館文庫
2021年3月10日初版第一刷発行
カバーイラスト:龍神貴之
カバーデザイン:鈴木俊文(ムシカゴグラフィクス)
●目次
第一章 情けは人の為ならず
第二章 鰻
第三章 賭け仕合
第四章 酒問屋麒麟屋
第五章 店先現金売り
第六章 新酒買い付け
本文362ページ
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『さんばん侍 利と仁』(杉山大二郎・小学館文庫)