『利生の人 尊氏と正成』|天津佳之|日本経済新聞出版
天津佳之(あまつよしゆき)さんの長編歴史時代小説、『利生の人 尊氏と正成』(日本経済新聞出版)を入手しました。
著者は、本作『利生の人 尊氏と正成』で、2020年に第12回日経小説大賞を受賞し、この度単行本デビューしました。
時は鎌倉末期。討幕の動きが発覚し後醍醐天皇は隠岐に流されるが、幕政への不満から、治世の主体を朝廷に取り返すという近臣たちの討幕運動は幕府にも広がっていく。重職にあった足利高氏(尊氏)が、帝方の楠木正成に呼応するように寝返り、鎌倉幕府は滅亡。後醍醐帝が京に戻り、建武の新政がはじまる。しかし、武家も公家も私利私欲がうごめく腐敗した政治は変わらず、帝の志を実現しようと心をひとつにする尊氏と正成の運命は、陰謀に翻弄され、引き裂かれていく。
(本書カバーの紹介文より)
「利生(りしょう)」という、耳慣れない言葉でしたので、辞書で調べてみました。
「利益(りやく)衆生」の意で仏教語。仏、菩薩が衆生に利益を与えること。また、その利益。
「利生とはなんでしょうか」
「衆生に神仏の利益(りやく)をもたらすことと申します」
「このお庭は利生なのでしょうか」
「徹してはおりませぬ」
徹底が足りない、と老僧は言う。(『利生の人 尊氏と正成』 P.8より)
本書の冒頭で、数えで七つの尊治少年(後の後醍醐天皇)は、老僧に「利生」について問いました。
「利生」は尊治の祖父亀山天皇がことあるごとに口にした言葉でした。
三十四年が経った、元弘元年(1331)九月、物語は大きく動きます。
尊治は、鎌倉幕府を転覆させ、治世の主体を朝廷に取り戻す、討幕運動の朝廷方の旗標に担ぎ上げられていました。
しかし、計画が露見し、鎌倉方の追撃を受けて、逃げ延びた山城国笠置山も陥落寸前にまで追い詰められていました。
(楠木、正成)
不意に聞いたその名前が、彼の背をたたいた。ひと月前、わずかばかりの出会いの記憶が、鬱屈に曲がりつつあった尊治の背筋と心根を正す。
『主上が唯仏是真として利生方便を為されるのであれば、楠木は必ずや主上をお支え申し上げましょう』
まだ戦禍に巻かれる前、静謐にあったこの行宮で。楠木正成は、そう口にした。あのときの心の震えが、尊治の胸に鮮やかに甦る。
(『利生の人 尊氏と正成』 P.16より)
尊治は正成との出会い、そして己の志を理解し、その志に身命を賭してともにするという誓いに、共感を覚えました。
その二人に、夢窓疎石に禅を学び「利生」という言葉を教えられた、足利高氏が絡んでいきます。
鎌倉幕府滅亡から建武の新政まで激動の時代を、志を持って凛として生きた男たちの物語を楽しみたいと思います。
利生の人 尊氏と正成
天津佳之
日本経済新聞出版
2021年2月18日第一刷
装幀:芦澤泰偉
装画:大竹彩奈
●目次
序 法燈
壱 挙兵
弐 新政
参 決裂
四 湊川
終 利生
本文324ページ
書き下ろし。
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『利生の人 尊氏と正成』(天津佳之・日本経済新聞出版)