『猫まくら 眠り医者ぐっすり庵』|泉ゆたか|実業之日本社文庫
泉ゆたかさんの文庫書き下ろし時代小説、『猫まくら 眠り医者ぐっすり庵』(実業之日本社文庫)を入手しました。
著者は、動物専門の養生所を描いた『お江戸けもの医 毛玉堂』をはじめ、女だてらに大工の棟梁を目指す『江戸のおんな大工』、縁切り専門の代書屋を始めた娘を描く『雨上がり お江戸縁切り帖』など、江戸で働く男女を描いた職業時代小説を次々に発表しています。
本書では、不眠に悩む人たちを助ける、眠り専門の養生所を始めた兄妹を連作形式で描いています。
茶問屋の娘として育った藍は、両親を相次いで亡くし、不安で眠れぬ日々が続いていた。そこに帰ってきたのは、医学を学びに長崎へ行ったまま二年も家を空けていた兄の松次郎だった。兄に眠りの大切さを教えられた藍は、兄とともに眠り専門の養生所(ぐっすり庵)を開く。しかし、肝心の兄の生活には大きな問題が…。温かさと癒しあふれる時代小説。
(本書カバーの紹介文より)
藍(あい)は、西ヶ原の茶問屋千寿園の娘。
西ヶ原は日光御成道の途中、日本橋から二里目の一里塚のある土地。
花見の名所飛鳥山や秋に川沿いの紅葉が見事に色づく滝野川、といった風光明媚な景色に囲まれた地です。
飛鳥山は、明治期に渋沢栄一が屋敷を構えたことでも知られています。
藍の家族は、兄松次郎を医者にするために長崎に送り出すと、父作兵衛、母喜代を相次いで亡くして、一人ぼっちになってしまいました。
母の死後、店と広大な茶畑は伯父夫婦に仕切られて、藍が関わることを許されなくなりました。
なんだかとても疲れた。
昨夜もまたろくに眠れなかったせいだ。
喜代が床に臥してから、藍はほとんどまともに横になっていない。
寝ようと思って部屋を暗くして掻巻を被ると、心ノ臓が妙に速く拍動を刻み始めた。
そんなときに頭の中を巡るのは、これから私はどうなってしまうのだろう、という決して答えの出ない不安だ。
眠れない夜、己の前に広がるのはどこまでも真っ暗闇だ。
ただ横たわってじっと暗闇を見つめていると、何もかもが嫌になってくる。こうなって欲しくないという己の行く末が次々と脳裏に浮かんで、うわっと叫びたいくらい苦しくなる。(『猫まくら 眠り医者ぐっすり庵』 P.18より)
藍は、母を亡くしてから不眠に陥り、身体が怠くて節々のあちこちが痛く、頭がぼんやりして何をするのも億劫な心持ちになっていました。
一人ぼっちになった藍の唯一の相棒が、丸々と太った白黒の牡猫のねうです。
そんな折、長崎のシールボルトの鳴滝塾で学んだ、兄の松次郎が帰ってきました。
「人は眠らなくてはいけない。この世にはびこる万病を治すたった一つの方法は眠ること」と、茶畑の中の作業小屋に、眠り専門の養生所〈ぐっすり庵〉を開くことになりました……。
ぐっすり庵には、噂を聞きつけた不眠に悩む人たちがやってきます。
今よりも夜の時間が長かった江戸時代、眠りはやはり大切なものでした。
兄と妹、そして愛猫のねうを中心に紡がれていく、ハートウォーミングな物語で、朝までぐっすりと眠れそうです。
猫まくら 眠り医者ぐっすり庵
泉ゆたか
実業之日本社・実業之日本社文庫
2021年2月15日初版第1刷発行
カバーデザイン:bookwall
カバーイラスト:水野朋子
●目次
第一章 おやすみ
ぐっすり庵覚え帖
その壱 江戸の人々は、こんなに眠っていた!
第二章 枕もと
ぐっすり庵覚え帖
その弐 江戸時代の健康本
第三章 フクロウ
ぐっすり庵覚え帖
その参 ずっと昔から、猫は眠りの達人だった?
第四章 うなぎ
ぐっすり庵覚え帖
その四 江戸の幽霊
第五章 昔の友
解説 細谷正充
本文313ページ
文庫書き下ろし。
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『猫まくら 眠り医者ぐっすり庵』(泉ゆたか・実業之日本社文庫)
『お江戸けもの医 毛玉堂』(泉ゆたか・講談社)
『江戸のおんな大工』(泉ゆたか・KADOKAWA)
『雨上がり お江戸縁切り帖』(泉ゆたか・集英社文庫A)