『照れ降れ長屋風聞帖(十一) 盗賊かもめ』|坂岡真|双葉文庫
坂岡真(さかおかしん)さんの長編時代小説、『照れ降れ長屋風聞帖(十一) 盗賊かもめ』(双葉文庫)をご恵贈いただきました。
本書は、2008年に文庫書き下ろしで双葉文庫から刊行された「照れ降れ長屋風聞帖」シリーズの新装版第十一巻です。
新装版では、表紙イラストに花札をモチーフとして採用されています。
今回は、梅の赤短の絵柄ですが、短冊に書かれた文字は「あのよろし」ではなく「あかよろし」と読むそうで、「明らかによろしい」の意味だそうです。
「の」に見える字は、「可」の字を崩した変体仮名の「か」です。
重陽の駒込、光源寺。人さらいから幼子を救った美剣士、天童虎之介は子供の父である仏具商、瓦屋清兵衛の厚意で神田祭りの特等席を用意してもらうことに。照降長屋の浅間三左衛門にも声をかけた帰途、口入屋に寄った虎之介は思わぬ形で悪の端緒を掴む。やがて刺客が清兵衛を襲撃。密かに尾行した虎之介は見事に返り討ちにした清兵衛の姿に愕然とする。はたしてその正体は? 真の狙いとは――? 大興奮の傑作新装版、第十一弾。
(カバー裏面の説明文より)
本書では全三話収録。時代は文政八年(1825)重陽の節句、九月九日から始まります。
二十歳の若侍・天童虎之介は、一人暮らしをしている、裏長屋の隣同士の十八歳の娘・おそでを、千駄木・団子坂の菊人形見物に連れ出しました。
おそでとは深い仲ではありませんが、朝夕の食事に掃除、洗濯、縫い物とよくしてもらっていて、その返礼の意味を込めてです。
菊人形見物の後、二人は、四軒寺町の光源寺に、二丈六尺(約七メートル八十センチ)の大観音像を拝みました。
淡い恋心を抱いた若い二人。
おそでの心情がわかりながら、力強いことばを掛けてもやれない。
書体をもってもよいと思い始めながら、面と向かっては言えない。
気恥ずかしさもあり、所帯をもつ器ではないという気もする。
「いいの。こうしているだけで、わたしはいいのよ」
おそでが、そっと小指を絡めてくる。
虎之介は手を引っこめた。
と、そのとき。
参道のほうから、幼子の悲鳴が聞こえてきた。(『照れ降れ長屋風聞帖(十一) 盗賊かもめ』P.14より)
うらぶれた浪人が幼子を小脇に抱え、参道を駆けてきました。
虎之介は境内を矢のように駆けぬけて、浪人の前に立ちはだかりました。
白刃を抜いて、右腕一本で突きかかってきた浪人を躱し、相手の向こう脛を峰打ちして、撃退し、幼子を助けました。
幼子の命を助けた虎之介とおそでは、子供の父親で門前で仏具商を営む瓦屋清兵衛にもてなされました。
豪勢な仕出しの料理に菊酒、大久保主水の練り羊羹の土産付きで、しかも間近に開催される神田祭の枡席にも招待するという歓待ぶりです。
「(前略)天童さまはどの流派を」
「真天流です」
「なるほど、同流の秘技と申せば蜘蛛足と満字剣、ちがいますか」
「仰るとおりだが」
「ふふ、これも聞きかじっただけのこと。肝心の中味は、皆目わからない。どうです。一手ご教授願えませぬか」(『照れ降れ長屋風聞帖(十一) 盗賊かもめ』P.46より)
清兵衛は、虎之介の遣う真天流の剣術の秘技に並々ならぬ関心を持ちました。
その狙いは何なのでしょうか?
真天流は天流とも呼ばれ、塚原卜伝の弟子といわれる斎藤伝鬼坊によって開かれた武術流派です。
他人のお宝を横から掠めとる盗みの形が、海鳥を追いかけまわし、餌を吐きださせて奪いとるかもめに似ていることから、「盗賊かもめ」の異名で呼ばれる盗人が江戸を震撼させます。
盗賊かもめの正体は? そして今回狙うお宝は何か?
驚くべき盗みの手口も明らかになっていきます。
会津藩出身の若き浪人で、浅間三左衛門を師と慕う、虎之介の颯爽とした活躍が見られる表題作をはじめ、3編を収録しています。
江戸の長月から霜月の風情を愛でながら、三左衛門とその仲間たちの活躍に酔いしれることができる痛快時代小説です。
照れ降れ長屋風聞帖(十一) 盗賊かもめ
坂岡真
双葉社 双葉文庫
2021年1月17日第1刷発行
カバーデザイン/イラストレーション:浅妻健司
●目次
盗賊かもめ
ぼたもち
枯露柿
本文314ページ
『照れ降れ長屋風聞帖(十一) 盗賊かもめ』(双葉文庫、2008年10月刊)に加筆修正を加えた新装版。
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『照れ降れ長屋風聞帖(十一) 盗賊かもめ』(坂岡真・双葉文庫)