『祇園「よし屋」の女医者』|藤元登四郎|小学館文庫
藤元登四郎(ふじもととしろう)さんの長編歴史時代小説、『祇園「よし屋」の女医者』(小学館文庫)を入手しました。
著者は、精神科医のかたわら、SF文学評論家としても活躍されています。
2011年、アメリカのSF作家フィリップ・K・ディックの作品を論じた「『高い城の男』――ウクロニーと「易経」」で、第6回日本SF評論賞選考委員特別賞を受賞されました。
本書解説の岡和田晃さんの説明を借りると、「ウクロニー」とは、現実の歴史的事項を――一種の並行世界(パラレルワールド)として――少しだけ変える物語形式のこと、だそうです。
著者の藤元さんが、「21世紀、SF評論」のブログに投稿された記事では、村上もとかさんの『JIN ―仁―』を医学ウクロニーあるいは個人ウクロニーの作品として解説されていました。「ウクロニー」のことが少しわかった気がします。
文化五年(一八〇八)、京都は祇園末吉町で五十年以上続くお茶屋「よし屋」の一人娘・月江は、日々舞妓の修行に勤しんでいた。この年十六になる月江は、いずれは母親の跡を継ぎ「よし屋」の女将になることを望まれていた。そこへ新年早々、常連の医師小島源斎がよし屋を訪れ、月江を預かって女医者にしたいと申し出る。源斎の言いように当初は腹を立てた母親だったが、月江の思いを汲んで源斎の手伝いを許してくれる。療治所で医学書の筆写を始めた月江は、やがて生糸問屋の娘の治療に駆り出され……。
現役の医師である著者によるさわやかな医療時代小説!(カバー裏面の説明文より)
月江は、祇園で五十年以上続くお茶屋「よし屋」の一人娘。
十六になった正月、常無寺の住職・現夢和尚のもとで学問を続けていましたが、それも終わり、お茶屋を継ぐために舞妓としての修行を始めることになりました。
よし屋の女将で母喜久江に、御幸町で療治所をやっている町医者の小島源斎は、漢籍も読みこなせて能筆の月江を女医者に仕込むから預からせてほしいと申し出ました。
月江は、本心では、源斎のもとで人助けの手伝いをしたい、もっと勉強がしたいと望んでいました。
「お忙しおっしゃろし、筆写も難儀どすやろ。月江をお手伝いにやらせまひょか」
源斎は突然酔いが醒めた心地がして喜久江を向いた。
「おお、月江を寄こしてくれるか。有難う」
「そやけど、月江はまだ舞妓に出たばかりです。そないにお休みさせてもらうわにもいかしません。先生のお仕事と舞妓の仕事を一日おき、ということでどうどうすか。けど、筆写が終わったら戻していただいまっせ」
(『祇園「よし屋」の女医者』P.48より)
一度は、源斎の申し出を断った喜久江でしたが、月江が源斎の療治所で医書の筆写を認めました。
源斎は、大金持ちの生糸問屋から、娘の癲狂(精神病)を治すことを依頼されていました。当時、癲狂は狐憑きと考えれていて恐れられていました。
源斎が、『狐憑きは迷信で、本当は病気だ』と説明しても周囲の者には理解されません。
京を舞台に、十六歳の娘が女医者を目指して奮闘する、医療時代小説の始まりです。
現役の精神科医ということで、リアルな治療シーンも臨場感豊かで、引き込まれていきます。
本書は著者の初の時代小説です。
祇園「よし屋」の女医者
藤元登四郎
小学館 小学館文庫
2021年1月9日初版第1刷発行
カバーデザイン:アルビレオ
カバーイラスト:安楽岡美穂
●目次
祇園「よし屋」の女医者
解説 歴史小説と精神医学小説の融合というウクロニーの新境地 岡和田晃
本文349ページ
文庫書き下ろし。
■Amazon.co.jp
『祇園「よし屋」の女医者』(藤元登四郎・小学館文庫)
『高い城の男』(フィリップ・K・ディック著、浅倉久志訳・ハヤカワ文庫)
『JIN-仁- 1』(村上もとか・集英社文庫(コミック版))