『雨あがり お江戸縁切り帖』|泉ゆたか|集英社文庫
泉ゆたかさんの文庫書き下ろし時代小説、『雨あがり お江戸縁切り帖』(集英社文庫)を入手しました。
著者は、2016年、『お師匠さま、整いました!』で第11回小説現代長編新人賞を受賞してデビューしました。『髪結百花』、『江戸のおんな大工』などの著作があり、新進気鋭の作家として注目の一人です。
明暦の大火が江戸を焼いて、一年が経った。人々の生活は未だ落ち着かないままだ。糸はひとり長屋で暮らしていたが、縁切りの手紙を代書する依頼を勢いに負けて引き受けてしまう。浮気亭主との別れ、悪友との絶縁、愛し憧れた役者との別離、親子の決別……「縁切り屋」として立ち会った様々な別れがもたらすのは不思議と涙だけではなかった。あたたかな別れを描いた時代連作短編シリーズ第一弾!
(カバー裏面の説明文より)
物語は、明暦の大火(明暦三年)の一年後に始まります。
本書の主人公・糸は長屋でひとり住まいをする十七の娘です。寺で下働きをしていましたが、大火で大きな被害を受けた寺を出て、字のきれいさを買われて写本の仕事を始めました。
ある夜、芋屋のおかみの留が、糸を訪ねてきました。
字が書けない自分に代わり、糸に文を書いてほしいという依頼でした。
「それで、どんな文を書けばいいのでしょう? せっかく行燈を灯したので、今、この場で仕上げてしまいますね」
こんな夜に訪ねるくらいだから、よほど急ぎの文に違いない。
糸は留の顔を窺いながら、文机の前に座った。
「縁切り状さ」
「へっ?」
思わず訊き返した。
(『雨あがり お江戸縁切り帖』P.13より)
留が書いてもらいたい文は、縁切り状、亭主の権八ときれいさっぱり縁を切りたいということでした。
夫婦仲は冷めていて、権八は、焼き芋の振り売りに出かけた先で出会った若い独り身の娘と浮気をしていると言いました……。
別れというと切なく時には苦いものですが、本書では涙だけでないあたたかでやさしい別れが描かれていきます。
表紙カバーの素敵なイラストレーションは、おとないちあきさんが書かれています。
筆を持っている糸の隣で、かわいい猫をだっこした少女が同じ長屋に父と二人暮らしている奈々で、絵の奥で二匹の猫に餌をあげているのが同じ長屋に住む老婆のイネです。
物語では、二人も様々な形で糸と関わっていきます。
「人の縁ってのは、最後は必ず生き別れか死に別れのどちらか、って決まりだろう」という、イネの言葉が胸に沁みます。
本書の解説を東進ハイスクールの講師として、テレビでもおなじみの林修さんが担当されています。林さんの書かれたものを初めて読んだのですが、国語科(現代文)の先生だけあって、見事な解説文で勉強になります。
雨あがり お江戸縁切り帖
泉ゆたか
集英社 集英社文庫
2020年12月25日第1刷
カバーデザイン:高橋健二(テラエンジン)
イラストレーション:おとないちあき
●目次
第一章 鈴
第二章 草履
第三章 彼岸花
第四章 飴玉
第五章 ちり紙
解説 林修
本文329ページ
文庫書き下ろし。
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『雨あがり お江戸縁切り帖』(泉ゆたか・集英社文庫)
『お師匠さま、整いました!』(泉ゆたか・講談社文庫)
『髪結百花』(泉ゆたか・KADOKAWA)
『江戸のおんな大工』(泉ゆたか・KADOKAWA)