『おれは一万石 大奥の縁』|千野隆司|双葉文庫
千野隆司(ちのたかし)さんの長編歴史時代小説、『おれは一万石 大奥の縁』(双葉文庫)をご恵贈いただきました。
本書は、一石でも禄高が減ずれば旗本に格下げになる、崖っぷちの一万石大名、下総高岡藩井上家に婿入りをした、美濃今尾藩竹腰家の次男、正紀の奮闘を描く文庫書き下ろし時代小説「おれは一万石」シリーズの第15巻です。
前巻『商武の絆』で、松平定信が出した借金をチャラにする棄捐令の影響で、金の動きが悪くなる金詰りで、借金ができなくなる状況が続いている世相が描かれています。
一度は袂を分かった宗睦と滝川が、反定信の旗印のもと急速に接近しはじめた。政権交代をも視野に入れる尾張徳川家一門にとって、発言力を持つ大奥御年寄を味方につけることは、非常に重要だ。宗睦は滝川の歓心を買うべく、空き家になっている彼女の拝領屋敷の再生を正紀に命じたのだが……。。好評・書き下ろし時代小説、第15弾!
(本書カバー帯の紹介文より)
高岡藩の世子・井上正紀は、伯父の尾張藩主徳川宗睦(むねちか)から、大奥御年寄の供をするように命じられました。滝川は、将軍家斉の正室寔子(ただこ)の代参で、伝通院へ赴いていました。
正紀は、その後に、鉄砲洲の料理屋での食事、森田座での芝居見物のもてなしの接待役を務めました。
尊号の一件や棄捐令など定信の政策に見切りをつけて反定信の姿勢を明確にした宗睦は、大奥における反定信派の滝川に急接近していました。
一方、尾張徳川家一門で駿河台に屋敷を構える旗本・三宅藤兵衛は、家計が逼迫して借金もならず、三方相対替の話を進めることにしました。
直参(旗本や御家人)は将軍家から拝領された屋敷を売買することはできませんが、武家同士での交換は認められていました。これを「相対替(あいたいがえ)」といいます。
等価でなければ交換は成り立たないため、便利な地と不便な地の交換では、便利な地を得るほうは、「引料(ひきりょう)」という移転料の名目として、相応の金銭を付けて交換をすることもありました。
実直だが病弱で融通が利かない三宅が甘言に乗せられて、騙されて不利な条件で相対替をしないように、正紀は宗睦から調査を依頼されました。
「大奥勤めの者たちも、それなりの禄を得ておる。しかしその禄高は低い。御年寄でも、五十石、合力金六十両、十人扶持だ」
「少ないですね」
公費で賄われる部分が多いにしても、権力の大きさから考えれば正紀には驚きだった。
「そこでだ。これを補うために、『拝領町屋敷』が下賜されている」(『おれは一万石 大奥の縁』 P.39より)
主に家禄の少ない御家人を対象に、町人地の中にある土地を与えられ、「拝領町屋敷」と呼ばれました。町人に貸して、地代や店賃を得ることで、家禄の少なさを補えという意図がありました。
大奥御年寄の滝川の拝領町屋敷は、芝二葉町にありました。
しかしながら、何者かによる再三にわたる嫌がらせで、借りる町人がいなくなり、家賃も地代も入ってこなくなりました。
そこで、滝川から尾張徳川家一門の宗睦に相談があり、前よりも利益が増えた、利益の半分を与えるという条件が出され、正紀はその課題にも取り組むことになりました。
反定信の旗幟をはっきりさせた、徳川宗睦が率いる尾張徳川家一門。
三方相対替の裏に潜む罠を明らかにし、滝川の拝領町屋敷の利益を前よりも増やすことができるのか、正紀はまたも一門のために奔走します。
本書は、史実を織り交ぜた、痛快な勧善懲悪話を楽しみながら、江戸の武家の仕組みもわかる、一粒に二度おいしい時代小説シリーズです。
おれは一万石 大奥の縁
千野隆司
双葉社 双葉文庫
2020年12月13日第1刷発行
文庫書き下ろし
カバーデザイン:重原隆
カバーイラストレーション:松山ゆう
●目次
前章 出会いの場
第一章 大潮と高潮
第二章 三方相対替
第三章 網代の駕籠
第四章 裏切りの旗本
第五章 闇の町屋敷
本文273ページ
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『おれは一万石 商武の絆』(千野隆司・双葉文庫)(第14作)
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