『化け者心中』|蝉谷めぐ実|KADOKAWA
蝉谷めぐ実(せみたにめぐみ)さんの、『化け者心中』(KADOKAWA)を紹介します。
本書は、2020年の「第11回小説野性時代新人賞」を受賞した長編時代小説です。文政のころの江戸歌舞伎の世界に題材をとった作品です。
『鬼滅の刃』の空前のブームで、鬼との対決ものが注目を集めていますが、本書にも鬼が登場します。、
著者は、1992年大阪府生まれで、早稲田大学文学部演劇映像コースを卒業し、本書で作家デビューされました。
時は文政、所は江戸。当代一の人気を誇る中村座の座元から、鬼探しの依頼を受け、心優しい鳥屋の藤九郎は、かつて一世を風靡した稀代の女形・魚之助とともに真相解明に乗り出す。しかし芸に心血を注ぐ“傾奇者”たちの凄まじい執念を目の当たりにするうち、藤九郎は、人と鬼を隔てるもの、さらには足を失い失意の底で生きる魚之助の業に深く思いを致すことになり……。
善悪、愛憎、男女、美醜、虚実、今昔――すべての境を溶かしこんだ狂おしくも愛おしい異形たちの相克。(『化け者心中』KADOKAWA 表紙カバー帯の紹介文より)
元女形の田村魚之助(ととのすけ)は大坂生まれで、江戸に出てきて当代一の女形として活躍しながら、三年前に客に足を切られて檜舞台を退いていました。
ある日、足の不自由な魚之助は、鳥屋の藤九郎に介助を依頼し、中村座座元の中村勘三郎のもとへ行きました。
二人は、勘三郎から、芝居小屋に降臨した鬼の正体を突き止めてほしいと懇願されました。鬼は、その夜、秋芝居の台詞読みに集まった、六人の役者の一人に成り代わっていると。
魚之助は藤九郎をバディ(相棒)に、誰が鬼に成り代わっているのか、当夜集まっていた役者たちの話を順番に聞いて回りました。
演じるすべてが当たり役になるという立役の伊達男、尾山雛五郎。
相中の女形で人気上昇中の佐野由之丞。
今回の芝居『堂島連理柵(どうじまれんりのしがらみ)』の座頭として上方から迎え入れられた人気役者の初島平右衛門。
中村座の立女形で、名門虎田屋の三代目、岩瀬寅弥。
白髪交じりの相中役者で、名脇役として鳴らす、三つ谷猿車。
芝居を純粋に愛する素朴な旅役者の花田八百吉。
一癖も二癖もある役者たち。
芸の道にしのぎを削り、歌舞伎に心血を注ぐ役者たち。
それぞれが心の中に鬼を飼っていました。
「あいつらの心玉はあたしが引き摺り出してお前の前に並べたる。お前は鳥をみるときと同じように、心のひだの隙間まで隅々じっくり観察すればええ」
魚之助の動く右手が脇に触れ、ぞくりと肌が粟立った。
「さあ、鬼暴きの幕が開くで」
後ろを見ずとも藤九郎には、背中の男が口端をつり上げていることがわかっていた。(『化け者心中』P.99より)
役者たちが見たという鬼の姿は、それぞれ違っていました。本心を隠して誰かが嘘をついているはず。
舞台に立てなくなってからも、日常から女として過ごす魚之助と、魚之助を背中に負ぶって足役をつとめる藤九郎が、芝居小屋の鬼暴きをはじめます。
「そんなことで俺が鬼かい。笑わせらぁ! 芸のために人の心玉を利用したくらいで鬼だと言われちまうんなら、ここにいる役者はみいんな鬼さ。みいんな、人間の似せ者、化け者だ」
思わず藤九郎は拳を握る。鬼め、ここまで来てまだ誤魔化すか。(『化け者心中』P.129より)
鬼暴きは、混沌を極め、謎が深まっていきます……。
一方で、魚之助が舞台を去った理由も次第に明らかになっていき、物語は最高潮へ。
物語の中で上演される『堂島連理柵』は、お上に禁じられている心中物『曾根崎心中』を妖怪物にアレンジした芝居、という設定が振るっています。
心中したお初徳兵衛が鬼となって蘇るという設定が、今どきで面白いです。
登場する役者や狂言作者の振る舞いから、芝居小屋の雰囲気など、細部まで楽しめました。
文政を代表する狂言作者というと、『東海道四谷怪談』の鶴屋南北が有名ですが、令和の時代の歌舞伎小説の書き手の登場に拍手を送りたいです。
わたしたちを江戸と歌舞伎の世界に誘ってくれます。
若々しい筆致の、疾走感あふれる物語を読んで素敵な歌舞伎の世界にどっぷりと浸り、遠い昔、学生時代に受講した日本演劇史の講義とU先生のことを思い出しました。
凛としたお話しぶりで、歌舞伎や文楽など江戸から明治にかけて演劇の話をしていただきました。
化け者心中
蝉谷めぐ実
KADOKAWA
2020年10月30日初版発行
装画:紗久楽さわ
装丁:須田杏菜
●目次
なし
本文285ページ
第11回「小説野性時代新人賞」受賞作として選出された作品を改稿し、「小説野性時代」2020年8月号に一挙掲載し、さらに書籍化にあたりさらに加筆修正したもの。
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『化け者心中』(蝉谷めぐ実・KADOKAWA)