『早替わりで候 音次郎よんどころなき事件帖』|吉橋通夫|角川文庫
吉橋通夫(よしはしみちお)さんの文庫書き下ろし時代小説、『早替わりで候 音次郎よんどころなき事件帖』(角川文庫)を入手しました。
著者は長年、児童文学や少年少女向けの歴史小説で活躍してきたベテラン作家さんです。
『ずくなし半左事件簿』で、初めて文庫書き下ろし時代小説を手掛けられました。信州の小藩の若き郡方見習い同心を主人公が職務を通じて人々と触れ合い成長していく、爽快感のある青春小説です。
家を出て役者になった元旗本次男坊の草二郎は「中村音次郎」の名で舞台にあがり、女形として評判をとっていた。ところがある日、兄の訃報が届く。実家に帰ると兄は暗殺されていたことがわかり、兄嫁から犯人捜しを懇願される。追い打ちをかけるように奢侈禁止令によって芝居小屋が打ち壊されてします。下手人捜しと芸能弾圧――。突然降りかかった「よんどころない」事態。草二郎はどう闘うのか。手に汗握る本格時代活劇!
(カバー裏の内容紹介より)
本書の主人公・降旗草二郎は、五百石の旗本の次男坊ながら、謹厳実直な父に反発し、二十五歳になったとき家を出て、小芝居の「両国座」に入りました。
それから三年が経ち、「中村音次郎」の芸名で、女形として舞台にあがり、評判をとっていました。
ある日、父の跡を継いで勘定吟味役を務めていた兄・信一郎が亡くなったという報がもたらされて、草二郎は実家の降旗家に戻りました。
ゆきゑの落ちくぼんだ目が、ひたとこちらを見つめる。娘時代と同じ強い光を発しながら。
「草二郎どのは悔しくないのですか。あなたの兄上が何者かに殺されたのですよ。もしわたくしが男なら、草の根わけても下手人を捜し出して仇を討ちます」
「降旗家が廃絶になってもいいのですか。義姉上も信之亮も路頭に迷うことになるのですよ」
「仇を討ったことは闇から闇へ葬ればよいではありませぬか」
「人ひとりの命を奪うのです。闇へ葬ることなど出来ません」
(『早替わりで候 音次郎よんどころなき事件帖』P.31より)
病死という死亡届が出され、兄の嫡男で八歳の信之亮が跡を継ぐことが決まっていて、草二郎は葬儀で幼い甥を見守ればよいだけでした。
が、義姉で幼馴染のゆきゑから、兄の死の真相を聞かされて、兄を殺した犯人捜しと仇討ちを懇願されました。
一方、両国座は、南町奉行鳥居甲斐守により、歌舞伎芝居は、派手な衣裳や荒唐無稽なつくり話で庶民を惑わし、世の風俗を乱すもととされ、小屋を撤去して立ち退くように命じられていました。
初七日を終えて草二郎は両国座に戻り、『お染久松色読販(おそめひさまつうきなのよみうり)』の七役早替わりを演じていました。ある日、たすきがけに白鉢巻き姿の四人の取り方が、手に手に六尺棒や袖がらみをもって、芝居小屋に押し入ってきました。
小屋は破壊され、座元をはじめ一座の者が皆捕らわれる中、草二郎は間一髪、逃げ出すことができました。
住むところも、舞台も失った草二郎は、得意の七変化を生かして、兄の死の真相を追い始めます。
山本祥子さんの表紙イラストに描かれているような、華やかで痛快な、天保時代活劇の始まります。“妖怪”こと、鳥居甲斐守が登場することもワクワクさせてくれます。
早替わりで候 音次郎よんどころなき事件帖
著者:吉橋通夫
KADOKAWA 角川文庫
2020年10月25日初版発行
文庫書き下ろし
カバーイラスト:山本祥子
カバーデザイン:原田郁麻
●目次
第一章 疑惑
第二章 両国座受難
第三章 朋友
第四章 寅
第五章 遠山奉行
第六章 辻斬り
第七章 伊勢屋
第八章 日録
第九章 三味線堀
第十章 対決
第十一章 柝の音
解説 菊池仁
本文287ページ
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『早替わりで候 音次郎よんどころなき事件帖』(吉橋通夫・角川文庫)
『ずくなし半左事件簿』(吉橋通夫・角川文庫)