『オランダ宿の娘』
葉室麟さんの、『オランダ宿の娘』(ハヤカワ時代ミステリ文庫)をご恵贈いただきました。
本書は、オランダ商館長が江戸に参府する際に定宿としていた、日本橋本石町の長崎屋の娘、るんと美鶴、二人の姉妹を主人公にした長編歴史時代小説です。
間宮林蔵やシーボルト、遠山景晋、景元父子、鷹見泉石など、歴史上有名な人物も登場し、「シーボルト事件」など史実も物語に織り込まれています。
日本とオランダの懸け橋に。〈長崎屋〉の娘、るんと美鶴は、江戸参府の商館長が自分たちの宿に泊まるのを誇りにしていた。そんな二人が出逢った。日蘭の血をひく青年、丈吉。彼はかつて宿の危機を救った恩人の息子だった。姉妹は丈吉と心を深く通わせるが、回船問屋での殺しの現場に居合わせた彼の身に危険がふりかかる……。
「シーボルト事件」など史実を題材に、困難な中でも想いを貫いた姉妹の姿を描く歴史小説の傑作。(『オランダ宿の娘』ハヤカワ時代ミステリ文庫 表紙カバー裏の紹介文より)
実はこの作品は、2010年3月に早川書房から単行本で刊行され、その後、2012年にハヤカワ文庫JAのレーベルで刊行されました。
文庫刊行当時、海外ミステリの老舗出版社で、なんで葉室麟さんの歴史時代小説が出るのか、違和感を感じながら作品を手に取ったことを記憶しています。
「死んでいる」
駒次郎が息を呑んで言った。さらにあたりを見まわして、
「刃物で殺されたみたいだ。このあたりに血が流れてる」
たしかに土間に生臭い臭いが立ち込めていた。沢之助が震えながら言った。
「お役人を呼ばなあきまへんな」
るんがうなずいた。(『オランダ宿の娘』P.24より)
読み始めると、るんと丈吉らが、回船問屋で男の死体を発見するシーンが登場します。
歴史時代小説としての面白さだけでなく、上質のミステリとしても堪能でき、「早川書房さん、素敵な作品を刊行してくれてありがとう」と言いたくなりました。
●ようやく時代小説文庫を創刊できた…………。葉室麟さんにご依頼して『オランダ宿の娘』を出させていただいてから十年――自分の中で文庫創刊は悲願でした。
(『ハヤカワ ミステリマガジン』2019年11月号 P.320より)
1年前の『ハヤカワ ミステリマガジン』2019年11月号は、ハヤカワ時代ミステリ文庫の創刊特集号です。「編集後記」で、編集者のT・Yさんが、『オランダ宿の娘』を刊行できたことが創刊につながったと書かれていました。
編集者の熱意が、気鋭の作家たちを動かして、時代小説の醍醐味とミステリの妙味が味わえる、良質でユニークな時代ミステリ作品が生まれたんですね。
ハヤカワ時代ミステリ文庫のルーツともいえる、本書を読んで、再び、時代ミステリの面白さをしみじみと味わいたいと思います。
オランダ宿の娘
葉室麟
PHP研究所 ハヤカワ時代ミステリ文庫
2020年10月15日発行
カバーイラスト:ヤマモトマサアキ
カバーデザイン:早川書房デザイン室
●目次
目次なし
解説:大矢博子
本文442ページ
2012年4月にハヤカワ文庫JAとして刊行された『オランダ宿の娘』をハヤカワ時代ミステリ文庫に移行したもの。
★ハヤカワ文庫JA版の紹介ページ
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『オランダ宿の娘』(葉室麟・ハヤカワ時代ミステリ文庫)