『出世商人(一)』
千野隆司(ちのたかし)さんの文庫書き下ろし時代小説、『出世商人(一)』(文春文庫)を入手しました。
文庫書き下ろしの時代小説で多くのシリーズを持つ著者が、遂に文春文庫で新シリーズをスタートさせました。
しかも、10月(第1巻)、11月(第2巻)の2カ月連続刊行ということで、たいへん楽しみです。
タイトルを見ていると、著者の人気シリーズの一つ、『出世侍』を想起して、期待感がいっぱい膨らみます。
薬種問屋に奉公していた文吉は、父が急逝し、家業の艾屋(もぐさや)を継ぐ事となった。形見は古い店と十両を超す借財。文吉は店を再興しようと決意するが、艾売りだけでは金は返せそうにない。しかも、借金の形に己の命までもかけられてしまい――。絶体絶命の返済期限が迫る中、文吉に一発逆転の策はあるのか? 新シリーズ、第一弾!
(本書カバー帯の紹介文より)
文吉は大店の薬種問屋遠州屋の十六歳になる小僧。気働きが利きお客さんの評判も良く、あと半年か一年で手代にしようと主人や番頭にもみ込まれていました。
ところが、小さな艾屋・三川屋を営んでいた父・治兵衛が急逝してしまい、後には十三両の借財が残されていました。しかも、そのうち三両三分は返済期限まで半月もありません。
遠州屋で修業をして、「立派な商人」を目指していた文吉ですが、父の死により、高額の借金が目の前に現れて行く手を塞ぎました。
遠州屋を辞めて、三川屋に帰って、死力を尽くす決心をし、金策に奔走します。
しかしながら、多額の借金を抱えた十六歳の若者に、新たに金を貸すものはいません。
途方に暮れた文吉の前に、悪臭を放つ蓬髪の痩せた老人・熊が現れました。
「今、二両三分を借りて、当面の返済ができても、期日が来れば後から借りたものも返さなくてはならない。そのめどはあるのか」
脅すような口ぶりだ。
「死にものぐるいで働くしかない」
これは本音だった。骨身を惜しむつもりはない。
「ならば、金貸しに口利きしてやろうか」
(『出世商人(一)』 P.76より)
父の店を手放したくない気持ちで、病気がちの母を抱えて、文吉は新たな借金をすることに……。
果たして、文吉は借金を返して、父と約束した「立派な商人」となる道を歩んでいけるのでしょうか。
本書には、常陸府中藩松平家で藩医を務める手塚良仙の倅・良庵が、文吉と関わっていく主要な役柄で登場します。
良庵は、良仙の名を継ぎ、幕末から明治にかけて、医師・蘭学者として活躍しました。
良仙(良庵)は、『陽だまりの樹』にも描かれていて、手塚治虫さんの曽祖父として知られています。
出世商人(一)
千野隆司
文藝春秋 文春文庫
2020年10月10日第1刷発行
文庫書き下ろし
イラスト:鈴木ゆかり
デザイン:山本翠
●目次
第一章 命の借金
第二章 新薬の名
第三章 問答無用
本文271ページ
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『出世商人(一)』(千野隆司・文春文庫)
『出世侍(一)』(千野隆司・幻冬舎時代小説文庫)
『陽だまりの樹(1)』(手塚治虫・小学館文庫)