『泣き娘』
小島環(こじまたまき)さんの中国歴史小説、『泣き娘』(集英社)を紹介します。
著者は、2014年に第9回小説現代長編新人賞を受賞し、2015年に受賞作を『小旋風の夢絃』に改題して単行本デビューしました。
『小旋風の夢絃』は、中国春秋後期の中国を舞台に、盗掘を生業とする養父に育てられた、十五歳の少年・小旋風を主人公にした冒険ファンタジー小説です。王侯貴族の墓を掘り起こしている最中に発見した華麗な琴をめぐって不思議な物語が展開します。
さて、本書の主人公・燕飛も少年です。
時代は唐代、延載元年(694)。
大唐帝国を受け継いだ武則天が、女帝に反発している皇族や古くからの旧臣を遠ざけるため、首都を長安から洛陽に移し、都の名を神都に改めて、武周という王朝を建てていたころ。
哭女、それはひとの葬儀で嘆くことを生業とする女性のこと。
女帝・武則天の世、神都随一と名高い哭女の“泪飛”は、幼くして両親を亡くしたのち、妹弟を養うため性を偽り夢もあきらめ、懸命に働いていた。
ある日、親友の死を知って以来、異装を貫き続ける貴族・青蘭と出会い――。
(本書カバー帯の紹介文より)
十三歳の燕飛は、両親の死をきっかけに、目指していた夢を諦め、弟妹を養うために、性別を偽って、哭女(こくじょ)として仕事をしていました。
哭女(泣き女)とは、葬儀に呼ばれて遺族の代わりに故人を悼み涙を流す職業です。
昔、まだ学生の頃、つかこうへいさんの芝居を見て、「泣き女」という存在があることは知っていましたが、「泣き女」を目にしたのはそれ以来でした。
燕飛は、「泪飛(るいひ)」と名乗り、姿の可憐さと、どこでで泣ける特技と遺族の心に寄り添う慟哭で、泪飛は神都一番の哭女となりました。
ある富商の葬列に哭女として呼ばれた燕飛は、葬儀にはふさわしくない異装の若者、青蘭と出会いました。
青蘭は青年貴族で、賢臣・狄仁傑(てきじんけつ)の部下として官吏をしていましたが、親友の楊真士を戦いで失って以来、職を辞して親友の死の手がかりを探してあらゆる関係者の葬儀に参列していました。
燕飛はどの葬儀に自在に参列できる強みを生かして、青蘭の代わり関係者の話を聞き、楊真士の死の真相に迫りました。
「本当に悲しいときは、涙って出ないもんだよな」
青蘭は体を大きく震わせてから、燕飛を見あげた。疲れた目をしながら、懐に手を入れる。
「小飛に、お礼をしないと」
燕飛は首をふると、青蘭の隣に座った。
「礼なら充分もらったよ。俺はあんたに立派だって言われて、嬉しかったんだ。だから、いまは、一緒にいる」(『泣き娘』 P.51より)
燕飛と青蘭の二人は、三日のうちに相次いで亡くなった鴛鴦夫婦、元裁判官の遺言で殉死を命じられた妾、不吉な茶器を遺した天才陶芸家など、死を遂げた人たちの謎を解き明かしていきます。
連作形式の物語を通して、身分違いの二人の間に友情が育くまれていきます。
「泣き娘」=「哭女」と聞くと、悲しく辛い物語を想像しますが、本書は謎解きの痛快さ、友情の絆と家族愛、主人公の苦悩と成長が描かれていて、歴史青春ミステリーとして大いに楽しめます。
とくに、「探花宴」の話が、中国・青春学園ものという感じで良かったです。
周旋屋を営み、燕飛に哭女として働くように告げた老女の右聴(うちょう)。燕飛が性を偽っていることを知らずに求婚する御者・笵浩(はんこう)。神都で評判の義賊・閻羅王など、魅力的なキャラクターも登場します。
物語の背景には、激動する中国の歴史が点描されていて、あらためて唐という時代の面白さに気づかされました。
泣き娘
小島環
集英社
2020年10月10日第1刷発行
装丁:坂野公一+吉田友美(Welle design)
装画:アオジマイコ
●目次
胡服麗人
鴛鴦の契
閻羅王
両頭蛇
探花宴
終章
本文260ページ
初出:「胡服麗人」(「泣き娘」を改題)「小説すばる」2015年7月号、「鴛鴦の契」「小説すばる」2016年4月号、「閻羅王」「小説すばる」2018年2月号、「両頭蛇」「小説すばる」2019年2月号、「探花宴」「小説すばる」2020年2月号、「終章」書き下ろし。
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『泣き娘』(小島環・集英社)
『小旋風の夢絃』(小島環・講談社文庫)