『姉さま河岸見世相談処』
志坂圭(しざかけい)さんの文庫書き下ろし時代小説、『姉さま河岸見世相談処』(ハヤカワ時代ミステリ文庫)をご恵贈いただきました。
著者は、2014年に『滔々と紅(とうとうとべに)』で、第1回〈本のサナギ賞〉大賞を受賞してデビューした、新進気鋭の時代小説家です。
〈本のサナギ賞〉は、出版社ディスカヴァー・トゥエンティワンが主催して、全国の書店員が選ぶ文学賞です。
「本の虫」である書店員が「世に出したい」小説=「本のサナギ」を見つけ、ベストセラーという「蝶」に育て羽ばたかせたい、という思いから生まれました。
『滔々と紅』は、飢餓の村から人買いによって吉原の遊郭にやってきた少女が、人気花魁に成長していく、波瀾万丈の物語です。
四十近くで容色のおとろえないのは吉原七不思議、きりっとした美貌で殿方を振り返らせる――元花魁の七尾姉さんは、落籍されたのに吉原に舞い戻り、千歳楼という見世を営む変わり者。酒にめっぽう目がないが、人の情もめっぽう深く、悩み事を解いてゆく。「気がふれた花魁の謎と真っ黒こげの骸があがった騒動」や「花魁が寵愛する猫の消失とカラスの出現」等々……酒を呑み呑み度胸一つ、難事を丸く収めてみせましょう。
(カバー裏の内容紹介より)
本書の主人公は、元は大見世の花魁で今は吉原の場末で局見世・千歳楼を営む楼主で、その見世でたった一人の女郎の、七尾姉さんです。
このころ(天保三年)の女性としては背丈五尺四寸(約164センチ)と長身で、アラフォーながら、見た目は二十七、八という若く見える美貌でひときわ目立ちます。しかしながら、気が強くて喧嘩を売って歩くことを趣味にしている、吉原の名物女です。
情に厚く、女郎衆の相談にも気安く乗る姉御です。酒に目がなく、深酒をするのが玉に瑕といったところ。
「大変なんじゃよ」
「もうちょっと小さな声で喋らんかね。お頭がズキズキするんじゃね」
「あい、わかりんした。でも大変なんじゃから」
たまきは興奮のあまり、声の音量は下げられないままでございました。ちょっと気を取り直して話しはじめたたまきによりますと、秋葉常灯明の裏で人が真っ黒けに燃えてえらい騒ぎであったとのことでございます。そのあたりには人だかりができて通るに通られず引き返して別の道を通ってここまでやって来たとのことでございました。
「真っ黒こげじゃとな?」(『姉さま河岸見世相談処』P.24より)
七尾姉さんの身の回りの手伝いや小間使いをする抱え娘のたまきが、面白いネタを仕入れてきました。たまきは年は十三歳で、地獄耳と蚤取り眼をもち、機転が利くところがあって、七尾姉さんは結構気に入っています。
たまきによると、夜明け前に吉原の水道尻にある、秋葉権現の灯籠の裏で、人気の花魁が真っ黒こげで死んでいたと。
自害なのか殺しなのか、殺されたなら下手人は誰なのか。
事件から未解決のまま二十日あまりがたったころ、再び秋葉権現の裏で再び女郎の焼死体が見つかりました。
遊女の死で評判を落とした見世の楼主に依頼され、七尾姉さんが事件の解決に乗り出します……。
本書の舞台は、『滔々と紅』と同じ、江戸吉原。
吉原は男の肉欲、愛欲を満たす場所でもありますが、遊女は生きるために働く場所で、苦界でした。
現代人の感覚ではしっくりこないのですが、遊女の中の頂点に立つ、人気の花魁は江戸最大の女性スターであり、アイドルのような存在でもあったそうです。
吉原を舞台に描く時代小説には、印象に残る傑作が多いように思います。
男女が出会い、かりそめの色恋をして別離する、人生を凝縮したような場所だからかもしれません。
男女のことも、人生の酸いも甘いも噛分けてきた七尾姉さんが、いかにして難事を収めるのか、期待に胸が膨らむ、新しい吉原ミステリーの始まりです。
姉さま河岸見世相談処
著者:志坂圭
ハヤカワ時代ミステリ文庫
2020年10月15日発行
カバーイラスト:合田里美
カバーデザイン:大原由衣
●目次
女郎の焼き骸ふたつ
カラスが騒げば花魁の骸ひとつ
金魚が見た女郎の骸ひとつ
お狐様が見た男骸ひとつ
本文361ページ
文庫書き下ろし作品。
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『姉さま河岸見世相談処』(志坂圭・ハヤカワ時代ミステリ文庫)
『滔々と紅』(志坂圭・ディスカヴァー文庫)