『銀杏手ならい』
西條奈加さんの長編時代小説、『銀杏手ならい』(祥伝社文庫)を入手しました。
手習所や寺子屋を舞台にした時代小説に興味を感じるのは、現在でも教育が重大な関心事の一つだからでしょうか。
江戸時代、読み書きができる識字率は、武士はほぼ100%で庶民でも50%ぐらいと、同時代の世界の国々と比較しても極めて高かったといわれています。寺子屋や手習所が初等教育機関として大きな役割をもっていたのでしょう。
手習所を舞台にしたり、その師匠を主人公とした時代小説も少なくあります。優れた人情小説が多い印象もあります。
泉ゆたかさんの『お師匠さま、整いました!』、梶よう子さんの『墨の香』、野口卓さんの『手蹟指南所「薫風堂」』、田牧大和さんの『かっぱ先生ないしょ話 お江戸手習塾控帳』……。誉田龍一さんの「手習い所 純情控帳」シリーズも忘れちゃいけません。
子に恵まれず離縁され、実家の手習所『銀杏堂』を継ぐことになった二十四歳の萌。女先生と侮る悪童らに振り回されながら、忙しない日々を送っていた。ある朝、銀杏堂の門前に女の捨て子を見つける。自身も血の繋がらぬ両親に愛情深く育てられた萌は、その子を「授かりもの」として育てることを決心するが……。真っ直ぐに子どもと向き合い成長する、時代人情小説の傑作。
(本書カバー裏の紹介文より)
二十四歳の萌は、嫁いで三年が経ち子に恵まれなかったために、一年前に離縁されて、実家に戻りました。そして、今年の春から実家で営む手習所「銀杏堂」で、読み書き算盤を教え始めました。
萌の両親、嶋村承仙と美津が二十五年前に始めた「銀杏堂」は、武家地と寺社とその門前町、田んぼが入り交じった、小日向水道町にありました。
「私はひとつ、思い違いをしておりました。嫁としての役目は果たせませんでしたが、私にはすでに、十四人もの子供がいます」
「子って……おれたちが?」
「先生の?」
「そうですよ。よく言うでしょ、師匠と弟子は親子同然と。筆子も同じなのですよ」
(『銀杏手ならい』 P.38より)
師匠が新米の萌に代わってから、六人の子供が銀杏堂を去りました。そして、その日、女師匠に教わることに反抗して、十歳になるふたりの筆子、御家人の倅の増之介と、名主の分家筋の次男角太郎が日々溜め込んでいた己の鬱憤を萌にぶつけるように悪態をつき、いたずらを止めずに、美津から銀杏堂からの放逐を申し渡されました。
萌は怒りよりも、子供たちとの絆を自ら断ち切るような真似をしてしまったという自責の念に駆られながらも、鬱憤を溜めていたのは自身も同じであることに気づき、二人に自身の秘密を語り始めました……。
子供たちを教えることを通じて、自分の心も癒されていく萌。
未熟ながらも困難を乗り越えて成長していく女師匠の奮闘ぶりが楽しみな人情時代小説です。
銀杏手ならい
西條奈加
祥伝社 祥伝社文庫
2020年9月20日初版第1刷発行
単行本『銀杏手ならい』(2017年11月、祥伝社刊)を文庫化したもの。
カバーデザイン:岡本歌織(next door design)
カバーイラスト:丹地陽子
●目次
銀杏手ならい
捨てる神 拾う神
呑んべ師匠
春の声
五十の手習い
目白坂の難
親ふたり
解説 吉田伸子
本文338ページ
■Amazon.co.jp
『銀杏手ならい』(西條奈加・祥伝社文庫)
『お師匠さま、整いました!』(泉ゆたか・講談社文庫)
『墨の香』(梶よう子・幻冬舎時代小説文庫)
『手蹟指南所「薫風堂」』(野口卓・角川文庫)
『手習い所 純情控帳 泣き虫先生、江戸にあらわる』(誉田龍一・双葉文庫)
『かっぱ先生ないしょ話 お江戸手習塾控帳』(田牧大和・実業之日本社文庫)