『信長を生んだ男』
霧島兵庫(きりしまひょうご)さんの長編歴史時代小説、『信長を生んだ男』(新潮文庫)を入手しました。
安倍首相の後継を決める、自民党総裁選の立候補者の顔ぶれを、戦国時代に置き換えるとどういうことなのか、妄想をが膨らみました。
織田信長の跡を継ぐのは、誰?
苦学して政治の世界に飛び込み自民党総裁の最有力候補まで駆けあがってきたきた菅義偉さんは、羽柴秀吉のサクセスストーリーに重なります。
石破茂さんは、すべてで秀吉と対照的な重臣・柴田勝家か。
そうすると、岸田文雄さんは?
生真面目で堅実なイメージから、重臣の丹羽長秀が近いように思います。
今回の総裁選は、さながら令和の清洲会議といったところでしょうか。
さて、「信長を殺した男」といえば、本能寺の変で信長を弑した明智光秀ということになりますが、「信長を生んだ男」は誰?
タイトルが気になります。
著者の霧島兵庫さんは、武田の赤備え軍団を率いる若き頭領・山県昌満を描いた戦国歴史時代小説、『甲州赤鬼伝』でデビューした新進気鋭の作家です。
兄が猛虎になるなら、己は支える龍となる――。大うつけと蔑まれる信長のなかに、弟信行が見出した比類なき強者の資質と、猛虎の意志。だが真の覇者となるには、何かが決定的に欠けていた。兄の弱さに気づいた信行は、密かに身命を賭けた策に出る。すべては兄のために。信長の正室帰蝶を巻き込んで、信行最後の大勝負が始まった……。定説を覆し、誰も描かなかった歴史の真実を掴む傑作。
(本書カバー裏の紹介文より)
本書の主人公は織田勘十郎信行、織田信秀と土田御前(どたごぜん)の間に生まれた次男、すなわち、信長の同母実弟です。
「これは兄上、ご無沙汰にて」
兄はお付きの者に寄りかかり、かじりかけの餅を手にニヤニヤと笑っていた。
「おう、信行。相変わらずしけたつらだが、息災であったか」
ひと月ぶりに再会する兄は、乱れる頭髪を紅の糸で巻き立て、湯帷子の上に熊の毛皮を肩脱ぎにし、朱鞘の太刀をわら縄に差し込み、くちゃいくちゃりと口を動かしている。
余人になんと言われてもあらためようとしない、いつも通りの悪童そのものの姿であった。
(『信長を生んだ男』 P.14より)
おなじみの「大うつけ」姿で登場した信長に対して、白面の貴公子といった姿で弓を射る稽古をする信行の好対照が面白い、兄弟の対面シーンです。
人前では口にしない「信行」という諱で呼びつける信長の悪童ぶりが見られます。
信長は古臭いと感じる弓の代わりに、津島で買い求めた六匁火縄銃を信行に見せびらかせます。
織田信行というと、若き日の信長を描いた作品では、母土田御前の庇護のもとに、その言うことをよく聞き、愛情を一身に集めた優等生という形で描かれることが少なくありません。
ところが、本書では、後年の信長のキャラクター形成に大きな影響を与えた人物として描かれていきます。
身近なライバルでもあり、憎みあっているばかりでない信行を通して描かれる、信長はリアリティがあり、物語の世界に引き込まれていきます。
信長を生んだ男
霧島兵庫
新潮社 新潮文庫
2020年9月1日発行
単行本『信長を生んだ男』(2017年11月、新潮社刊)を文庫化したもの。
カバー装画:大竹彩奈
デザイン:新潮社装幀室
●目次
序章
第一章 盟約の日
第二章 謀将前夜
第三章 乱世の掟
第四章 新たな誓約
第五章 宰相の哲学
第六章 張り子の虎
第七章 非情の敵
第八章 なすべきに鳴く
終章
解説 大矢博子
本文344ページ
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『信長を生んだ男』(霧島兵庫・新潮文庫)
『甲州赤鬼伝』(霧島兵庫・新潮文庫)