『御徒の女』
中島要(なかじまかなめ)さんの長編歴史小説、『御徒の女』(実業之日本社文庫)を入手しました。
著者は、「着物始末暦」シリーズをはじめ、江戸の市井に暮らす人々を描いた人情小説で活躍しています。江戸の女性を描くことでも定評があります。
本書は、将軍の外出する際に先駆・警備などにあたった下級武士、御徒(おかち)の家に生まれ、幕末に向かう波乱の時代を生きた、一人の女性栄津(えつ)の半生を描いた武家小説です。
その組屋敷があった場所は、山手線の駅名「御徒町(おかちまち)」となっています。
「人の一生は幸不幸がもつれ合ってできている」――下谷の下級武士の娘・長沼栄津は、隣家の長男・水嶋穣太郎に思いを寄せるが、良い噂を聞かない國木田義三のもとへ嫁いだ。大地震や流行り病に襲われるも、武家の誇りを胸に歩む栄津だが……〈着物始末暦〉シリーズの著者が、波乱の時代を生きる女の人生を描き切った、人情あふれる傑作時代小説。
(本書カバー裏の紹介文より)
文政十三年(1830)、栄津は、御徒二十組の一番組に属する長沼家の十七歳の娘。
父は二年前に亡くなり、七つ上の兄史郎が跡を継ぎ、江戸患い(脚気)で寝たきりの母満津(まつ)と暮らしていました。
七十俵五人扶持の抱席で人を雇う余裕はなく、タダ同然で住み込み奉公をしている年老いた下男の治助がいるばかり。栄津は、主婦兼下女代わりにたすき掛けで家の仕事に明け暮れる毎日を送っていました。
栄津はふくれっ面のまま桶を手に井戸端へ向かう。そしてきれいな水を桶に汲み、できたばかりの水鏡に己の顔を映して見た。
怒っていても笑っているような一重の目に、しもぶくれの丸い顔。唯一の取柄は肌の白さだけれど。そのせいで雀斑が目立ってしまう。
母は「やさしいそうな顔だ」と言ってくれるが、『都風俗化粧伝』にすら「しもぶくれの顔をうりざね顔に見する伝」は載っていない。
(『御徒の女』 P.13より)
お多福のような下ぶくれの容姿にコンプレックスを持ち、美容指南書『都風俗化粧伝』を見て、雀斑を治す妙薬を顔に塗ったりする、江戸の娘らしい可憐な一面も描かれます。
隣家で御徒の同じ組の惣領息子の穣太郎にほのかな恋心を寄せ、家を出て嫁ぐことを夢見る、普通の武家の娘でした。
ところが、癇癪もちの兄が、御徒組頭の美貌の娘・紀世(きせ)を娶ることになり、暮らしが一変していきます……。
貧乏、疫病、大地震、維新と難儀なことが次々に襲う、激動の時代を、娘から嫁、そして母へ、立場を変えながらも、ぶれずに前向きに生きていく一人の女性が描かれていきます。
御徒の女
中島要
実業之日本社 実業之日本社文庫
2020年8月15日初版第1刷発行
単行本『御徒の女』(2017年4月、実業之日本社刊)を文庫化したもの
カバーデザイン:草苅睦子(albireo)
カバーイラスト:安楽岡美穂
●目次
第一話 貧乏くじ
第二話 船出
第三話 悲雨
第四話 紅の色
第五話 ふところ
第六話 神無月
第七話 江戸の土
解説 青木千恵
本文318ページ
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『御徒の女』(中島要・実業之日本社文庫)
『しのぶ梅 着物始末暦』(中島要・時代小説文庫)