稲葉博一(いなばひろいち)さんの文庫書き下ろし時代小説、『影がゆく』(ハヤカワ時代ミステリ文庫)を紹介します。
ハヤカワ時代ミステリ文庫が創刊されて、来月9月で1年が経ちます。
隔月刊行となり出版点数は多くはありませんが、いずれのタイトルも、早川書房らしさを感じさせる、ミステリファンばかりでなく時代小説好きも満足させる、上質でユニークなエンターテイメント時代小説ばかりです。
そんな作品群の中で、誉田龍一さんの『よろず屋お市 深川事件帖』は、ハヤカワミステリの私立探偵小説の江戸版という要素が強くて出色です。
著者の急逝により、2作で終わったことが残念でなりません。
『影がゆく』は、舞台を日本の戦国時代に移しながらも、早川書房が得意としている海外冒険小説のテイストを持った作品です。
武士が軍人であり、忍者が特殊工作員といったところでしょうか。
落城寸前の浅井家に残る唯一の希望、月姫。その幼き命を奪おうとする魔人信長から姫を逃すため、精鋭の武士と伊賀甲賀忍者が選ばれた。一行は越後上杉家へ向かうべく、険しい山谷を越えるも、秀吉の命を受けた非道な忍び黒夜叉が襲い掛かる。絶対的危機の中、蜂のごとく苦無(くない)を刺す少年忍者・犬丸と美貌の高速剣技の使い手・弁天との邂逅が一行の光明に――死闘につぐ死闘に、血飛沫の花が咲く、超弩迫力の戦国冒険小説!
(本書文庫カバー裏の紹介文より)
天正元年八月。織田軍に攻められて落城寸前の小谷城から、浅井長政の弟・政元から、六歳の娘・月姫を越後上杉家に逃がすように、浅井家重臣・赤尾清綱に命じられました。
選び抜いた七人の武士を護衛につけ、月姫の世話をする三人の侍女、さらに甲賀伊賀の五人の忍びを加えて決死の脱出行が始まります。
武士のうち、小堀太郎左と井口右京は別行動をとって、月姫の保護を歎願する密書を携えて上杉家に属する山本寺景長の元に向かい、首尾よく返書を受け取り、一団の元へ向かう帰路の信濃で、祢津虎之介率いる真田忍衆の追撃を受けました。
一方、羽柴秀吉配下の蜂須賀小六郎に仕える忍び・黒夜叉は、一団の行方を掴み、追走しながら襲い掛かる機をうかがっていました。
目のまえに突如として、鳥のごとくに降り立った影人は、まるで女性と見紛う美しい男であった。いや、男と呼ぶにはじつに憚られる。外貌を覗うかぎり、せめて青年、あるいは若者と云ったほうがよいであろう。歳のころは二十五、六、痩せていた。女のように肩がほそく、背丈もそれほど高くはない――そうした若い痩躯を、垢染みた木蘭いろの「如法衣」でまとっているのだ。
(『影がゆく』P.56より)
浅井の幼姫を守って逃亡行を続ける一団に、賞金稼ぎを生業として、姉の仇・鬼丸を追う、新堂ノ弁才天という凄腕の伊賀忍びが関わっていきます。
また、真田忍者に襲われ瀕死の重傷を負った小堀太郎左は、八つになる少年忍者・犬丸に助けられました。
逃亡行の一団には、甲賀忍びの伴源太、多喜十郎、大沢与右衛門、伊賀者の湯舟ノ六兵衛、玉瀧ノ次助の五人の甲賀伊賀忍びが加わっています。
本書の魅力の一つは、様々な忍者たちが登場して、その人間離れした忍者たちの強靭な肉体と精神力、卓越した戦闘力と体術に魅了させられます。
彼ら忍者の力が最大限発揮されるシチュエーションがこの逃亡行でした。
女子供を連れて、道なき道を行き、険しい山谷を越えて行程は厳しく、命懸けの連続でした。加えて、命を狙う敵(黒夜叉や真田忍衆だけではない!)が次々と襲い掛かってきます。
とくに物語の後半は、死闘につぐ死闘で、息つく間を与えないほどのスリリングな展開は圧巻の一言です。
さて、ほぼ1年ぶりに、著者の忍者冒険小説の第2弾となる、『悪魔道人 影がゆく2』が刊行されました。
忍者たちの活躍をまた読めることに、心、躍ります。
影がゆく
稲葉博一
早川書房 ハヤカワ時代ミステリ文庫
2019年9月15日発行
文庫書き下ろし
カバーイラスト:影山徹
カバーデザイン:k2
★目次
一幕 運命
二幕 小僧
三幕 脱出
本文441ページ
■Amazon.co.jp
『影がゆく』(稲葉博一・ハヤカワ時代ミステリ文庫)
『悪魔道人 影がゆく2』(稲葉博一・ハヤカワ時代ミステリ文庫)
『よろず屋お市 深川事件帖』(誉田龍一・ハヤカワ時代ミステリ文庫)