『江戸のおんな大工』
泉ゆたかさんの人情時代小説、『江戸のおんな大工』(KADOKAWA)を入手しました。
裏長屋には、かならずといっていいくらい、大工をしている住人がいました。
木と紙でできた江戸の住居は、耐久性が高くなく、火事にも弱く、修繕や普請仕事をする大工の需要は多かったように思われます。
山本一力さんの『大川わたり』や宇江佐真理さんの『日本橋本石町やさぐれ長屋』など、大工が主人公の時代小説は少なくありません。
ところが、若い娘が大工になって、その普請仕事ぶりを描く時代小説はこれまで読んだことがありませんでした。
江戸城小普請方の家に生まれ、幼き頃より父の背中を育った峰。父も亡くし、人生の岐路に立った峰は、頼りない弟の門作を尻目に、おんな大工として生きていくことを決意する。神田横大工町の采配屋・与吉から請負い、峰は普請仕事を始めるが……。髪型からやってきた商人の新店舗、反物屋の姑が住んでいた猫屋敷、数々の騒動を起こす男児の長屋――おんな大工・峰が普請で人々の心を救う、新世代の人情時代小説!
(本書カバー帯の紹介文より)
時代は、安永四年(1775)、梅雨の頃。
本書の主人公・峰は、江戸城の小普請方を務める百俵十五人扶持の御家人の家に生まれた、十八歳の娘。三つ下の弟で跡取りの門作と二人姉弟です。
子供の頃から父の背に隠れて江戸城の作事現場に出入りするほどの大工仕事好きです。
ところが、父が急死してから事態が一変しました。作事現場へ潜り込むことができなくなったばかりか、叔父の文十郎からは縁談を勧めらたりして、遂には組屋敷を飛び出してしまいました。
「兄上が亡くなってから、私はお前のただひとりの親代わりだ。親の役目として、お前の姿には常にしっかり気を配っておったぞ」
文十郎が胸を張った。
「……いったい何をご覧になったのでしょうか?」
「お前の目だ。お前はいつも熱い目で作事の場へ向かう若い衆を見つめて、ぼんやりと過ごしておった。鍛えた身体に、磨いた腕の備わった色男。お前も年頃の娘だ。見惚れる気持ちは、よくわかるぞ」(『江戸のおんな大工』P.15より)
身体を存分に動かして、手指だけで新しい光景を作り出す大工仕事の喜びといった想いを理解せず、若く逞しい男を求める娘の姿に見間違えられたことは、峰にとって大きなショックであり、娘心を傷つけるものでした。
峰は、乳母・芳の夫で、神田横大工町で、普請仕事全般の請負から、人足の手配までを一手に行う采配屋の与吉の家で、暮らすことになりました。
采配屋の与吉のもとには、様々な問題を抱える建物の普請の依頼が舞い込みます。
おんな大工の峰は、普請仕事を通じて、悩みながらも成長していきます。
江戸の大工仕事が楽しめて、読み味が良い、お仕事人情時代小説です。
峰の手による普請で、リフォームTV番組の「大改造!!劇的ビフォーアフター」のような痛快さが楽しめます。
江戸のおんな大工
泉ゆたか
KADOKAWA
2020年7月29日初版発行
書き下ろし
装画:原田俊二
装丁:アルビレオ
●目次
第一章 虎の極楽
第二章 猫の柱
第三章 親子亀
第四章 弟の恋
第五章 河童の家族
本文286ページ
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『江戸のおんな大工』(泉ゆたか・KADOKAWA)
『大川わたり』(山本一力・祥伝社文庫)
『日本橋本石町やさぐれ長屋』(宇江佐真理・講談社文庫)