『飛燕の簪 神田職人えにし譚』
知野みさきさんの長編時代小説、『飛燕の簪 神田職人えにし譚』(時代小説文庫)を入手しました。
本書は、2015年に招き猫文庫から刊行された『しろとましろ 神田職人町縁はじめ』を、タイトルを変更して復刊した作品です。
財布や煙草入れなど、身につける小物に刺繍と金銀の箔をあわせて模様を入れる、縫箔師の咲。両親を亡くし、弟妹の親代わりとなって一生懸命に腕を磨いてきた。ある日立ち寄った日本橋の小間物屋で、咲はきれいな飛燕の簪に魅了される。気になって再び店を訪れると、その簪を手掛けたという錺師の修次と出会った。しかし二人が離している隙に、双子の子供が簪を奪って逃げてしまい……。咲が施す刺繍が人々の縁をやさしく紡ぎます――江戸のお仕事人情小説、装いも新たにシリーズ開幕!
(本書カバー裏紹介より)
「五年前に質素倹約をかかげる松平定信が老中となって」(P.10)という記述からわかるように、時代は寛政四年(1792年)頃が舞台となっています。
主人公の咲は、修業を終えて独り立ちしている、二十六歳の縫箔師。弟と妹がいますが、二人とも住み込みで働きに出ていて、独り身でありながら神田に二階建て長屋を借りて、二階を仕事部屋にあてていました。
「簪も極上の物を取りそろえております」
大げさな言葉だったが、一本だけ「極上」と呼ぶのにふさわしい簪があった。
銀の平打に飛燕の意匠。それだけならさほど珍しくないが、燕の後ろに彫られているのは、梅でも桜でもなかった。
木蓮……
銀でありながら、ふっくらとした花びらの柔らかさが感ぜられる。
燕の彫りも細かく、風を切って飛ぶ喜びが伝わってくるようだった。
(『飛燕の簪 神田職人えにし譚』P.13より)
咲は、日本橋十軒店の小間物屋で飛燕の簪に出合いました。
若手錺師(かざりし)の修次の作というその簪が気に入りました。
翌日再びその店を訪れて、買い求めようとした矢先に、作者、修次が現れて、咲の手から簪を横取りしようとしました……。
飛燕の簪をめぐって、修次や薄幸の姉弟など、人びとが人情を通わせていきます。
著者の代表作「上絵師律の似面絵帖」シリーズに通じる、職人としての成長と矜持、きれいな刺繍がもたらす人情のふれあいが描かれていきます。
復刊もうれしいですが、新作書き下ろしとなる第2弾『妻紅 神田職人えにし譚』の8月7日刊行予定で、シリーズ化されることも楽しみです。
飛燕の簪 神田職人えにし譚
知野みさき
角川春樹事務所 時代小説文庫
2020年7月18日第1刷
『しろとましろ 神田職人町縁はじめ』(2015年7月、招き猫文庫)を底本に、改題したもの
装画:水口かよこ
装幀:藤田知子
●目次
第一話 飛燕の簪
第二話 二つの背守り
第三話 小太郎の恋
本文259ージ
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『飛燕の簪 神田職人えにし譚』(知野みさき・時代小説文庫)
『妻紅 神田職人えにし譚』(知野みさき・時代小説文庫)
『落ちぬ椿 上絵師 律の似面絵帖』(知野みさき・光文社時代小説文庫)