『そんな夢をあともう少し 千住のおひろ花便り』
稲田和浩さんの文庫書き下ろし時代小説、『そんな夢をあともう少し 千住のおひろ花便り』(祥伝社文庫)を入手しました。
著者は、プロフィールの肩書では、大衆芸能脚本家、演芸評論家、ライター。落語、講談、浪曲、喜劇などの大衆芸能の脚本や演出を手掛けられています。
時代小説デビュー2作目の『女の厄払い 千住のおひろ花便り』が、第9回歴史時代作家協会賞の文庫書き下ろし新人賞の候補作品に選出されました。
気になって、第1作から読み始めることにしました。
千住の遊女おりんは、昨夜も茶を挽いた。岡っ引きの幸助が捕物でしくじり、来なかったからだ。このままでは、おりんは他所へ売り飛ばされる。焦る遣り手のおひろに、やる気のないおりん。そこに現れたのは……(「女郎花」より)。深くて暗くて絶対に埋まらない男女の溝。おひろは、それを少し埋めようとする。飯盛旅籠を舞台に、人生の機微を描いた傑作時代小説。
(本書カバー裏紹介より)
千住の旅籠、伊勢屋の飯盛り女のおひろは、年齢は二十九歳。
三年前までは吉原の遊女でしたが、年季が明けて千住に移り住みました。たちまち、伊勢屋で板頭(その店の一番の売れっ子)になり、三年板頭を務めましたが、三十歳が近くなり、このところ、三番手ぐらいまで下がっていました。
「おばさんにならないか」
旅籠の主人、傳右衛門がいきなりそう言ったので、おひろは驚いた。
「おばさんって?」
おひろが聞き返すと、傳右衛門はいちいち説明するのが面倒だという顔をして、女房のおあさのほうを見た。
「女郎を辞めて、遣り手にならないかって言ってるんだよ」
あさの言葉で、ようやくおひろは状況がわかった。(『そんな夢をあともう少し 千住のおひろ花便り』P.24より)
女郎が天職で、一生女郎でも構わないと思っていたおひろですが、伊勢屋の主人・傳右衛門の命で、「おばさん」とも「遣り手(婆)」とも呼ばれる、遊女屋で遊女以外の女の奉公人になりました。
時代小説では、遣り手というと、遊女の監督役や教育役として、主人公の遊女を苛めたりする嫌われ役として描かれることが少なくありません。
ちなみに、おばさんになると、髷を結い直し、眉を剃って、既婚女性の外見に変えるそうです。未婚女性の形では遊女と張り合うことになり都合が悪いわけです。
おひろは、遊女の元朋輩として同じような目線で、彼女らの夢を後押しするような存在として、描かれていきます。
落語などの大衆芸能に精通している著者ならではの、人情の機微に光を当てて、組み立てていく物語をしみじみと味わいたいと思います。
そんな夢をあともう少し 千住のおひろ花便り
稲田和浩
祥伝社 祥伝社文庫
2019年1月20日初版第1刷発行
文庫書き下ろし
カバーデザイン:かとうみつひこ
カバーイラスト:丹地陽子
●目次
供花
千住の一本桜
紫陽花
女郎花
紅葉狩り
水仙
年季が明けたら
解説・大矢博子
本文376ージ
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『そんな夢をあともう少し 千住のおひろ花便り』(稲田和浩・祥伝社文庫)(第1作)
『女の厄払い 千住のおひろ花便り』(稲田和浩・祥伝社文庫)(第2作)