『おれは一万石 訣別の旗幟』
千野隆司さんの文庫書き下ろし時代小説、『おれは一万石 訣別の旗幟(けつべつのはた)』(双葉文庫)を入手しました。
一石でも欠けたら、大名でなくなるギリギリ一万石。次々に迫りくる難題に立ち向かう、下総高岡藩井上家の小藩奮闘記を描く、人気シリーズの第13巻です。
武士はつねに民の頂に君臨せねばならぬという松平定信に疑問を抱きつつも協力してきた尾張徳川家一門だが、ある施策を契機に定信政権との訣別を決める。正国の奏者番辞任で一門の意を示そうとするしたが、定信に近い一派は正国を不祥事を理由に解任へと追い込もうとする。陰謀を阻止すべく正紀は動いた! 好評・書き下ろし時代小説、第十三弾!
(本書カバー裏紹介より)
藩主井上正国が奏者番の要職に就き、世子の正紀が進めた高岡河岸の納屋活用による収入増により、藩財政破綻の窮地を脱した高岡藩ですが、新たな危機が起こりつつあります。
寛政元年(1789)二月、老中首座松平定信は、十七歳の将軍家斉から呼び出され、光格天皇より実父である親王に、太上天皇(上皇)の尊号を贈りたいという申し越しの件について、諮られました。
「お申し越しの件は、聞けばもっとものことと思われる。光格天皇は、後桃園天皇が崩御なされた折に、皇子がなかったために養子となってご即位をなされた。お父上は閑院宮典仁親王である」
「さようで」
「しかし典仁親王は、禁中並公家諸法度の定めにより摂関家よりも下となる。天皇の父が、臣下である摂関家を目上としなければならぬこととなった。光格天皇は、これを憂慮なされた。まことに孝子であらせられる。当然のことと言えよう」
家斉はそこで一息ついた。
「ははっ」
定信は家斉の言葉を否定はしないが、受け入れる言い方もしなかった。(後略)(『おれは一万石 訣別の旗幟』P.11より)
家斉は光格天皇のお申し越しを認めることで、実父・一橋治済へ大御所の尊号を与えたいという気持ちを周囲に漏らしていました。
定信は、「禁中並公家諸法度は、神君家康公が定めた祖法」だからとして、家斉の要望を一蹴しました。
相手の思いを斟酌せずに、正義を盾に譲らない定信に対して、家斉はあきらめず、御三家に働きかけていきます……。
物語を面白くしているのが、高岡藩井上家の正国と、正国の甥で世子となった正紀が、尾張徳川家の一門出身である点にあります。
ちなみに、井上家は浜松藩が本家で、高岡藩の初代・井上政重は、江戸幕府の大目付(総目付)として、宗門改役をつとめ、幕府のキリシタン禁教政策を進めました。
本書では、定信政権との訣別を図る尾張徳川家一門、その末席に連なる高岡藩の命運を描いていきます。
おれは一万石 訣別の旗幟
千野隆司
双葉社 双葉文庫
2020年7月19日第1刷発行
文庫書き下ろし
カバーデザイン:重原隆
カバーイラストレーション:松山ゆう
●目次
前章 難題
第一章 慰留
第二章 崩落
第三章 門扉
第四章 若党
第五章 泥濘
本文262ージ
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『おれは一万石 訣別の旗幟』(千野隆司・双葉文庫)