『音四郎稽古屋手控 音わざ吹き寄せ』
奥山景布子(おくやまきょうこ)さんの連作時代小説、『音四郎稽古屋手控 音わざ吹き寄せ』(文春文庫)を入手しました。
著者は、幕末の歴史に大きくかかわった、美濃高須藩主の家に生まれた四人の兄弟を描いた『葵の残葉』で新田次郎賞、本屋が選ぶ時代小説大賞を受賞し、注目の時代小説家です。
江戸・元吉原の「猫返しの神さま」と言われる三光神社近くの長屋で、長唄を教えている音四郎、お久の兄妹。将来を期待されていた歌舞伎役者だった兄は足に傷を負って役者を辞め、稽古屋を始めた。負傷にはなにやら因縁があるようだが、お久には知られていない。兄にはまだ他にも、人に言えぬ秘密があるようだ。
(本書カバー裏紹介より)
音四郎は、四年前まで萩野鶴之助の名で、芝居の大舞台に出ていた女方の歌舞伎役者でした。ところが、舞台に立てなくなるほどの怪我を負い、長谷川町に移り住んで、稽古屋を始めて長唄を教えるようになりました。
長谷川町は、元吉原の北隣にあり、町の南側には三光稲荷とそこへ通じる三光新道があります。かつて近くの葺屋町や堺町が芝居町で、役者に所縁のある店もたくさんありました。
物語の描かれている時代は、「数年前のご改革とやらの折」と書かれているの天保の改革の数年後と思われ、芝居町は浅草猿若町に移っていました。
稽古屋では、三味線が得意で稽古の手伝いをする異父妹のお久と、煮炊きもお針も苦手なお久の代わりに家事全般を手伝い、足の不自由な音四郎の介助も行う大女のお光、そして迷い猫の小太郎と、暮らしています。
脇息に預けた兄の指先を、小太郎がべろべろと舐めている。
以前は犬猫など見向きもしなかった音四郎だが、この長谷川町に移り住んで稽古屋の看板を掲げたばかりの頃、痩せて汚れきった三毛猫が迷い込んでくると、即座に「飼うぞ。名は小太郎だ」と言った。「雌なのに、小太郎ですか」と問うと「辰巳芸者みたいで良かろう」と悦に入っていた。。
初めは貧相な猫とばかり思っていたが、あちこち拭ってやって家に上げてみると、計ったようにきれいな寸法の三角の顔と、ふわふわとした手触りとが品の良い子である。
(『音四郎稽古屋手控 音わざ吹き寄せ』P.11より)
連作形式で、お光の恋、かつての役者仲間の消息、稽古屋の隣人の正体など、稽古屋をめぐる人々の抱える秘密と人情が描かれていて、物語の世界に引き込まれました。
やがて、音四郎自身が抱えている大きな秘密も明らかになるのでしょうか。
さて、最近、物語を彩る美猫が登場する時代小説が増えてきて、猫好きにはたまりません。
本日はここまでとして、江戸情緒あふれる、粋な本書に戻りたいと思います。
音四郎稽古屋手控 音わざ吹き寄せ
文藝春秋 文春文庫
2020年6月10日第一刷
単行本『音四郎稽古屋手控 音わざ吹き寄せ』(2014年11月、文藝春秋刊)
イラスト:チユキクレア
デザイン:観野良太
●目次
大女
ならのかんぬし
いぬぼうざき
はで彦
宵は待ち
鷺娘
菊の露
丙午
にせ絵
解説 吉崎典子
本文307ページ
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『音四郎稽古屋手控 音わざ吹き寄せ』(奥山景布子・文春文庫)
『葵の残葉』(奥山景布子・文春文庫)