『御城の事件〈東日本篇〉』
二階堂黎人(にかいどうれいと)さん編集による、『御城の事件〈東日本篇〉』(光文社文庫)を入手しました。
本書は、気鋭の推理小説家らの競演による、時代ミステリーのアンソロジーです。
ある朝、川越城の外堀に浮かべられた一艘の紙の舟。日ごとに増えていくそれが意味するものとは? 若き茶坊主が謎の解明に乗り出す「紙の舟が運ぶもの」。夜ごと、江戸城大奥で赤子の泣き声がするという。解決を命じられた伊賀組の若者を待ち受ける運命を描く「大奥の幽霊」。東日本各地の城を舞台に、気鋭のミステリー作家らが競作する書下ろし作品全五編を収録!
(カバー裏の内容紹介より)
実は、『もののけ本所深川事件帖 オサキ江戸へ』の高橋由太さん以外の作家の本を読んだことがありませんでした。
というのも、編者の二階堂黎人さんをはじめ、執筆者はすべてミステリー分野で活躍する作家さんばかり(山田彩人さん、松尾由美さん、門前典之さん、霞流一さん)で、今回はフィールドを時代ミステリーに移し短編の競演となります。(ちなみに高橋さんも、アマチュア時代に、本格ミステリーを執筆されていたそうです。)
異種格闘技戦のような様相に、時代小説ファンとして興奮を覚えます。
「おまえの思っているようなことではない」
顔を見ると、珍しく苦笑いを浮かべている。謹厳実直な組頭が、こんな表情をするのは今までなかったことだ。ましてや今は、上様直々の任務を命ずる場面である。
怪訝な気持ちになったが、その表情の意味は、次の一言で分かった。
「大奥に赤子の幽霊が出る。それを退治して参れ」
上様直々の命令は、歴戦の忍びでさえ、苦笑いを浮かべたくなる任務だった。
(『御城の事件〈東日本篇〉』「大奥の幽霊」P.11より)
十六歳になったばかりの伊賀者、弥助は、組頭より、大奥に詰めるように命じられました。上様からということで大奥の誰かの暗殺の密命と思ったところ、大奥の赤子の幽霊を成仏させよとのこと……。
「筆が止まったな。どうした」
振り向くと艶やかな着物姿の澪姫は薄闇の中に正座している。精巧な人形のように冷たく整った顔、燈台の明かりが大きな瞳の中できらきらと輝いている。美姫だと聞いてはいたが、間近に見ると身が震えるほどだ。
(『御城の事件〈東日本篇〉』「安土の幻」P.79より)
本書では、実在の城ばかりでなく、伝説の城をモデルにして描かれた城も登場します。
山田彩人さんの「安土の幻」では、八年前に焼失した安土城城郭を屏風の上に再現するように依頼を受けた、狩野派の流れを汲む絵師・芳永(よしなが)が描かれています。
芳永が滞在する城は、安土城の姿を正確に写した襖絵があるという、大志城(おおしじょう)でした。大志城は、あの忍城をモデルにしており、楽しみが増していきます。
ほかに、「紙の舟が運ぶもの」では川越城、「富士に射す影」では冠原城(モデルは小田原城)、「猿坂城の怪」では猿坂城(モデルは松本城)を舞台にした、時代ミステリーを楽しめます。
御城の事件〈東日本篇〉
二階堂黎人編
光文社文庫
2020年3月20日初版1刷発行
本書は、文庫書き下ろし
カバー装画:渡邊ちょんと
カバーデザイン:斉藤秀弥
資料提供・用語解説:黒田涼
●目次
大奥の幽霊 高橋由太
安土の幻 山田彩人
紙の舟が運ぶもの 松尾由美
猿坂城の怪 門前典之
富士に射す影 霞流一
城◎用語解説
後書き 二階堂黎人
本文367ページ
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『御城の事件〈東日本篇〉』(二階堂黎人編・光文社文庫)
『御城の事件〈西日本篇〉』(二階堂黎人編・光文社文庫)