『さくらと扇』
神家正成(かみやまさなり)さんの長編小説、『さくらと扇』(徳間書店)を紹介します。
本書は、新進気鋭の時代小説家たちが参画した歴史小説イノベーション「操觚の会(そうこのかい)」と、栃木県さくら市がコラボレーションして生まれた、歴史時代小説です。
同じ関東に住んでいながら、さくら市と聞いてピンとこなかったのですが、興味を持って2005年3月に、塩谷郡(しおやぐん)氏家町と喜連川町が合併して誕生した、栃木県の中部に位置する市です。
江戸時代、氏家(うじいえ)も喜連川(きつれがわ)も奥州街道の宿場町で、喜連川には喜連川藩(喜連川家)が立藩されていました。
「操觚の会」のメンバーである著者は、歴史小説アンソロジー『幕末 暗殺!』に、孝明天皇毒殺説を描く短編「明治の石」を寄稿し、本書が初の長編時代小説となります。足利家と喜連川家の成り立ちのドラマを描いていきます。
石高わずか五千石の小藩・喜連川藩は、なぜ十万石の大名同様の扱いを受けたのか。その裏には、名門足利家の血を引くふたりの姫君の存在があった――。
小弓公方の家に生まれ、美しく武芸にも優れた嶋子は秀吉の側室となりお家再興を願う。父の逝去を受けわずか九歳で古河公方の家督を継いだ氏姫は嶋子の弟、足利国朝に嫁ぐ。豊臣秀吉による関東・奥州仕置、関ヶ原の戦いに勝った家康の幕藩体制強化。ふたつの大きな危機を乗り越え、小藩存続に尽力したふたりの姫の戦いを描く。
(カバー帯の内容紹介より)
本書の主人公、嶋子(嶋姫)は、小弓公方(おゆみくぼう)を名乗った祖父義明(父頼純は義明の次男)を持つ、足利家の血を引く姫君です。
もう一人のヒロイン氏姫は、古河公方五代・義氏の娘で、父が天正十一年(1583)に死去すると、弟梅千代王丸が早世していたために、九歳で古河公方家の家督を継ぎました。
嶋子にとって、古河公方家はかつての敵のはずでしたが、気にしておらず、六つ年下の氏姫を妹のように大切に可愛がっていました。
関東公方(関東足利家)家についてちょっと複雑なので、ここで年表風におさらいをします。
1349年、足利尊氏の四男基氏が関東の鎌倉に下って、初代鎌倉公方となったのが関東公方となったのがはじまり。鎌倉公方は室町幕府が関東10カ国を統治する目的で設置されました。
1439年、四代持氏が永享の乱で自刃して、鎌倉公方は一時断絶しました。
1949年、持氏の遺児・成氏が五代鎌倉公方となりましたが、1455年に下総国古河へ移り、初代古河公方となりました。
1517年(他説あり)、三代高基の弟、義明が古河公方家の内紛の中で、下総小弓城(現在の千葉市中央区南生実町)を本拠に、小弓公方と名乗り、古河公方と対立しました。1538年、国府台合戦により、義明が戦死したことで、小弓公方は事実上滅亡しました。
古河公方は五代義氏まで続きました。
1457年、幕府は六代足利将軍義教の四男政知を鎌倉公方として派遣しますが、鎌倉に入れず。伊豆国堀越に留まったため、政知は堀越公方(ほりこしくぼう/ほりごえくぼう)と呼ばれました。
1495年、堀越公方は二代茶々丸が伊勢宗瑞(後の北条早雲)に攻められて滅亡しました。
おさらいはここまでで、物語に戻ります。
天正十年(1582)、嶋子(嶋姫)は、古河公方家を支える小田天庵とともに関東御取次役滝川一益の招きで上野国厩橋城を訪れて、古河城へ帰る途上、山賊に襲われました。
あわや危機一髪のシーンで、芦毛の馬に乗った白頭巾の若武者が現れて賊を馬上からの刀でなぎ払い、山賊を追い払い、名前も名乗らずに、自分の乗っていた馬・皐月と、龍笛を差し出しました。
嶋姫と若武者の運命的な出会いがあった翌月。歴史は大きく動きます。
織田信長は京の本能寺で明智光秀の謀反により命を絶たれました。
そして、その光秀も中国大返しを成し遂げた羽柴秀吉の前に討たれました。
天下の騒乱は、やがて関東の地にも広がってきます。
天正十八年(1590)夏。
小田原城を落とした秀吉が宇都宮へ向かうという報がもたらされる中で、下野の北方塩谷の地を治める塩谷安房守惟久に嫁いだ嶋子は、夫惟久の突然の出奔を知りました。
三年前に嶋子は、若武者の想い出を胸に、同じ三つ巴の家紋を持つ塩谷氏に嫁ぎました。微かな期待を胸に祝言に望みましたが、夫の額には左右に走る醜い刀創があり、鼻の下とあごには長いひげがあって、若武者とは似ても似つかぬ風貌でした。
しかし、鉄炮が得意で無骨な夫と次第に心を通わせるようになっていただけに、秀吉との対決を前に逃げ出した夫に不信を募らせていました。
「父は氏姫と猿を、夫婦にしようとしておるのか」
「そこまでは分かりませぬが、関白様は高貴な血がお好きで、好色と聞いております」
「たわけたことを。五十も半ばの者に嫁ぐとは、氏姫がふびんではないか」
氏姫の愛らしい顔と小さな手が思い浮かぶ。凛と咲くさくらの花が、無残に手折られる姿を想像してしまい、慌てて首を振るった」
(『さくらと扇』P.57より)
嶋子は、氏姫の代わりに、そして出奔した夫の許しを乞うために、自身が秀吉の側室となりました。
さくらを愛でる者は、そこにさくらがあるだけで満足なのだろうか。
さくらにだって咲く想いはある。確かに誰かのために咲くこともあるが、さくらは自分が咲きたいから咲くのである――と氏姫はこの頃、思うようになっていた。
だが、誰もさくらの想いをくみ取ってはくれない。
籠の中の鳥だって、自由に空を飛びたいのだ。だが誰も籠を開けてはくれない。
(『さくらと扇』P.118より)
氏姫は、古河公方の後継者ながら、女子ゆえに跡を継げずに、周囲からは「かわいそう」「役立たず」という心ない言葉を投げられながら、古河城で籠の中の鳥のように飾り物のような存在でした。
そんなある日、町衆の娘に姿を変えて、お忍びで他出した氏姫は、和歌を詠む瑠璃色の胴丸を着た若武者と出会いました。
「君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもがなと 思ひけるかな」というような心を焦がすような想いを味わうことができるのか、氏姫は淡い期待に胸を膨らませました……。
嶋子と氏姫はそれぞれに、関東・奥州の仕置きをし、朝鮮出兵をする秀吉、関ヶ原の戦いに勝ち徳川幕府の体制強化を進める家康に、人生を翻弄されながらも、名門足利家存続に尽力していきます。歴史のダイナミズムの中で、健気に立ち向かう二人の姿に心が打たれます。
姫たちの物語を通じて、石高わずかに五千石ながら、十万石の大名同様の扱いを受けた、小藩・喜連川藩の誕生の経緯が分かり、「喜びの連なる川と書き、喜連川」という名に込められた想いを知って、読了後に心地よい余韻が残りました。
喜連川藩に興味を持たれた方には、稲葉稔さんの文庫書き下ろしシリーズ『喜連川の風』をおすすめします。
さくらと扇
神家正成
徳間書店
2020年2月29日初刷
装画:村田涼平
装幀:犬田和楠
●目次
序章 皐月の風
第一章 晩秋の扇
第二章 籠中の鳥
第三章 鞍馬の狐
第四章 浪速の夢
第五章 女子の戦い
第六章 紅蓮の炎
終章 皐月の空
本文347ページ
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『さくらと扇』(神家正成・徳間書店)
『幕末 暗殺!』(谷津矢車、誉田龍一、早見俊、新美健、鈴木英治、秋山香乃、神家正成・中央公論新社)
『喜連川の風 明星ノ巻(一)』(稲葉稔・角川文庫)