『花しぐれ 御薬園同心水上草介』
梶よう子さんの時代小説、『花しぐれ 御薬園同心水上草介』(集英社文庫)を紹介します。
薬草栽培や生薬の精製につとめる小石川にある幕府の御薬園を舞台に、御薬園同心の水上草介(みなかみそうすけ)が、周囲で起きた様々な揉め事を解決していく、連作時代小説シリーズの第3弾です。
未曽有の流行り病が広まる中、漢方蘭方融合の施術を快く思わない目付の鳥居耀蔵が送り込んだ役人により、水上草介は危機を迎えてしまう。薬草栽培、生薬精製を行う小石川御薬園同心としてつとめながら人を救い己も救われてきたことを思い、草介は決意を新たにするのだった。「ここは命を救う処であって、命を奪おうとする者はひとりもいません」と。時代の幕開けは近い。シリーズ大団円の全八篇!
(カバー裏の内容紹介より)
主人公の草介は、四季折々、日々変化する植物を常に近くで見ていたい、土に触れ、種を蒔き、水をやり、その生育を見守りたい、という御薬園同心が天職と思っていました。
手足がひょろ長くて、御薬園で働く園丁からは「水草」と綽名されていました。
御薬園には、困窮者や身寄りがない重病者のための施療施設である小石川養生所が隣接していて、草介は御薬園で働き、生薬となる薬草を届けたり、河島仙寿ら医師のあちと親しく行き来していくうちに、医学を学び、病を知り、薬草をさらに究めることが必要だと気づく、本草学でなく薬学を修めたいと思うようになりました。
そして、蘭学者の高野長英と出会い、飢饉対策のための会、尚歯会の推薦で、二年後には、紀州藩の医学館への遊学する話も決まりました。
「独り暮らしの五十の親爺でしてね。数年前に、女房と娘を立て続けに亡くし、気落ちをしてしまったのでしょう。それから酒の量が増えたという話でした。さて、水草さま。肝の臓はどこにあり、どのような役割をしているのか、おわかりですか」
唐突な河島の問い掛けに、草介は言葉を詰まらせながら、
「ええと、体内の腹部右上、肋骨の後ろにあって、赤黒い色をした大きな臓腑です。体内の毒を中和させ、また、人に大切な養分を作り出すこともし――それから、それから」
「ははは、まあ本日も合格です」(『花しぐれ 御薬園同心水上草介』「葡萄は葡萄」P.26より)
河島は、医術を学ぶ草介に知識を問うたり、往診に同行させたり、力を貸していました。
そんな折、小人目付の新林鶴之輔を養生所の査察に来ました。
養生所では本来、蘭方医は外科治療、漢方医は本道(内科)と決められていましたが、今は病に応じて漢蘭融合の施療をしていました。
新林を派遣したのは、蘭学者を敵視する目付の鳥居耀蔵でした。
そして、意外な形で鳥居は草介の前に現れました。
尚歯会に関係する高野長英と面識がある、草介と蘭方医の河島に危機が迫ります……。
「獅子身中の虫というではないですか。いくら養生所がお上の施設でも、些細なことで、潰されるかもしれない」
「では、わたくしが、牡丹の夜露になりましょう」
千歳がいった。
「養生所は御薬園にある庶民のために開かれた施療施設です。代々御薬園預かりを務める芥川家の娘として、小人目付とはいえ、新林のような卑怯な輩は許せません」(『花しぐれ 御薬園同心水上草介』「獅子と牡丹」P.86より)
御薬園を管理する奉行芥川小野寺(あくたがわおのじ)の娘、千歳は、若衆髷を結い、袴を着け、大小二本を差し、剣術道場に通うお転婆です。
水中で揺れる水草のように頼りない草介の道中を心配して、紀州へ行く前に剣術の稽古を始めるように勧めました。
草介は実家に呼び出され、母の佐久から紀州に旅立つ前に、妻を娶り孫を抱かせろと、年頃の娘たちの身上書を渡されました。
周囲で嫁取り話がにわかに現実味を帯びる中で、草介は自身の本当の思いにも次第に気付いていきます。
草介は、時代小説の主人公には珍しい草食系男子です。
植物オタクで知識が豊富で、頭も良く、気弱なところもありますが、しなやかさを備えていて、やさしくて親しみやすく、周囲の人々から親しみを込めて「水草さま」と呼ばれています。
物語の中でも、彼の本草学や薬学の知識が生かされて、揉め事の解決を導いています。
さて、「接骨木(にわとこ)」の話では、養生所内で発生した印弗魯英撒(インフルエンザ)による集団感染が描かれています。
新型コロナウイルスによる病院内の集団感染を想起させます。
医師たちはいかにして終息させたのか、タイムリーな題材だったので、興味深く読み進めることができました。
時代小説や時代劇でステレオタイプのように描かれてきた“妖怪”という言葉がピッタリ合う、悪役キャラクターはいささか誇張が含まれているように思われます。
晩年の姿から考えるとても、本書での鳥居の描かれ方に納得感を覚え、心地よい読了感に浸れました。
物語に登場する病人たちとともに、私たちの心を癒しくてくれる本書をもって、シリーズの最終巻となります。いつの日にか、続編が刊行されることを期待します。
花しぐれ 御薬園同心水上草介
著者:梶よう子
集英社文庫
2020年4月25日第1刷
2017年5月、集英社より単行本刊行
カバーデザイン:高橋健二(テラエンジン)
装画:卯月みゆき
●目次
葡萄は葡萄
獅子と牡丹
もやしもの
栗毛毬(りつもうきゅう)
接骨木(にわとこ)
嫁と姑
猪苓(ちょれい)と茯苓(ぷくりょう)
花しぐれ
解説 細谷正充
本文271ページ
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