『明治零年 サムライたちの天命』
加納則章(かのうのりあき)さんの長編歴史時代小説、『明治零年 サムライたちの天命』(エイチアンドアイ)を紹介します。
本書は、薩長を中心とする新政府軍と旧幕府勢力および奥羽越列藩同盟が戦った、戊辰戦争が繰り広げられている、慶応四年(1868年。九月に明治に改元される)を舞台にした、歴史時代小説です。
著者の加納さんはフリーライターとして活躍されていて、本書が小説デビュー作です。
慶応四年(1868)三月。
倒幕を成功させた西郷吉之助は「佐幕」の旗を降ろさぬ奥羽越列藩同盟平定のため、北陸道に官軍を派遣した。しかも前田藩に「独立割拠」の噂があるという。
徹底的な武力鎮圧を考えていた参謀・山県狂介だが、西郷に「戦いを避けよ」と命じられ、さらに桂小五郎の指示で謎の老人が同行することになった。一行は不穏な空気に包まれた百万石の城下町・金沢に乗り込んだ……。
(カバー裏の内容紹介より)
物語は、慶応四年四月。西郷吉之助のもとに、加賀前田家が独立国の宣言をするとの噂がもたらされました。
その少し前に加賀藩には、慶応三年十月に、薩摩藩と長州藩に密かに出された勅書に偽造したものであるという話が、京詰年寄役・長連恭(ちょうつらやす)より藩主の前田慶寧(よしやす)と藩の老職に伝えられました。
徳川宗家が鳥羽伏見で薩長に敗れて、幕府が倒れてしまっている今、薩長に従うべしという声がある一方で、薩長が帝を欺いているからには、加賀・越中・能登の三州の独立を宣言して天下の逆賊へ反旗を翻すべしとの声が上がりました。
徳川時代の武士たちにとって、主君への忠義を尽くし、役目を果たすことで自分の家の地位を向上させることが生きる目的だった。しかし、その目的のためなら何でもするというわけでもなく、最低限の精神的な条件が満たされている必要があった。
(『明治零年 サムライたちの天命』P.51より)
本書の面白さは、こうした武士の存在と一方で新しい日本の西洋化とが対比されて描かれている点にあります。
たとえば、西郷はイギリス公使パークスや通詞アーネスト・サトウとの会談を通じて、新時代に侍の残すことの意味を考え、日本には侍は不可欠と考えていました。
一方で、侍の気概や高い知識は役立つかもしれないが、古い封建感覚は欧米諸国に植民地化の隙を与えるだけと考えて古臭い侍は必要ないと考える人たちもいました。
偽勅の証拠を掴み加賀藩に伝えた長連恭はその後暗殺され、加賀藩は三州独立に向け沸騰していました。
「真に調べたいことは、偽勅か否か、その証拠は存在するのか、どげな証拠なのかということじゃどん、そげなふうに依頼はできもはん」
「その通り。偽勅の疑惑について、我々薩長の人間が本気で調べているなどと、よその人間に知られれば、それだけで、もう危うい風評を呼んでしまうでしょう。
ですから、あくまでも我々が知りたいのは、長連恭の死の真相であり、加州藩の恭順姿勢が本物かどうかなのだという建前で、調べを依頼するしかないのです。
それだけの依頼で、もっと重大な問題に探りを入れてくれるほどに、政治的な経験を積んだ人間があることが、条件となるわけです」
(『明治零年 サムライたちの天命』P.101より)
西郷は、長州藩の桂小五郎と秘密裏に面談して、加賀藩の調査には、命の危険もともなうことから、相当な武芸の心得も必要という条件も加わり、ある人物を派遣することで合意しました。
その人物とは、桂の恩師であり、尊皇家としても著名で、剣術道場練兵館を開いた斎藤弥九郎篤信斎です。
桂は、師の弥九郎なら、政治状況を考慮したうえで時宜にかなった方策を見つけて対応できると考えて、また、前田家の領内である越中国射水郡氷見の百姓の生まれながら、地元出身の論客ということで、加州藩が気を許すかもしれないと考えていました。
「ああ、斎藤先生、どうも御足労いただき感謝いたします」
思わず、山県も深々と礼をするが、改めて弥九郎の姿を見ると眉を顰める。
薄汚れたたっつけ袴をはき、髪も髭も白く、顔は皺だらけだった。かつて日本全国に名の聞こえた剣豪にして尊皇家も、今ではすっかり耄碌した百姓くらいにしか見えない。
(『明治零年 サムライたちの天命』P.101より)
弥九郎は官軍参謀補佐という役目を受けて、北陸道鎮撫総督参謀の山県狂介に同行し、加賀出身で鳥羽伏見の戦いの二か月後に練兵館に入門したばかりの弟子・田邊伊兵衛を従者として、連れて行くことにしました。
しかし、山県は、「こんな老人に、官軍の仕事を任せて大丈夫か」「会津へ進まねばならない非常時に面倒な荷物を背負わされたものだ」と思いました……。
西郷吉之助、桂小五郎、山県狂介のトライアングルの政治の裏側の駆け引きに、斎藤弥九郎が加わったことで、謎解きとチャンバラの要素が加わって、一気に物語の世界に引き込まれていきます。
弥九郎の剣の達人ぶりと武士としての生き様に、刮目できる作品です。
斎藤弥九郎に興味を持たれた方に、植松三十里さんの『不抜の剣(ぬかずのけん)』をお勧めします。
農民に生まれながら志を抱いて単身江戸に出た少年時代から晩年までの生涯と、彼の剣の極意が鮮烈に描かれています。
明治零年 サムライたちの天命
著者:加納則章
エイチアンドアイ
2020年4月24日初版第1刷発行
装幀:幅雅臣
●目次
プロローグ 勅書
第一章 証拠
第二章 船上
第三章 老人
第四章 承諾
第五章 暗殺
第六章 金沢
第七章 慶寧
第八章 正体
第九章 真相
第十章 最期
エピローグ 昇魂
本文284ページ
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『明治零年 サムライたちの天命』(加納則章・エイチアンドアイ)
『不抜の剣』(植松三十里・エイチアンドアイ)