『守教 上・下』
帚木蓬生さんの長編歴史時代小説、『守教(しゅきょう) 上』・『守教 下』(新潮文庫)を入手しました。
本書は、戦国時代から幕末までの三百年にわたり、筑後のとある村でキリスト教の信仰を守り続けた、キリシタンたちを描いた大河歴史小説です。
著者は本作品で、2018年に第52回吉川英治文学賞と第24回中山義秀文学賞を受賞しました。
「時代小説SHOW」においても、2017年単行本部門ベスト10の1位に推した、強く印象に残っている作品です。
九州の筑後領高橋村。この小さな村の大庄屋と百姓たちは、キリスト教の信仰を守るため命を捧げた。戦国期から明治まで三百年。実りの秋も雪の日も、祈り信じ教えに涙する日々。「貧しい者に奉仕するのは、神に奉仕するのと同じ」イエズスの言葉は村人の胸に沁み通り、恩寵となり、生きる力となった。宣教師たちは諸国を歩き、信仰は広がると思われたが、信長の横死を機に逆風が吹き始める。
(上巻 カバー裏の内容紹介より)
隠れキリシタンという肥前(長崎)のイメージがありますが、筑後国今村(福岡県大刀洗町)で潜伏し信仰を守ったキリシタン信徒がいて、「今村信徒」と呼ばれています。
「わしは目を見れば、その人間の人となり、来歴、行く末が分かる。お前の来歴はよく知っている。人となりも、このままいけば、まっすぐな男になる。人にへつらわず、おのれの心に正直な人間になる。行く末も、そうじゃな、雨風には当たるかもしれんが、倒れはせぬ。何度でも立ち上がって歩ける男になる」
大殿はぎょろりと目をむいて、米助の肩に手をやった。「お前の行く道は、アルメイダ修道士と養父一万田が歩んでいる道の続きだ。どこまでも続いている。分かれ道などない。泥道になったり、架かった橋が崩れていることはあっても、道はどこまでも一本道」
大殿は右手を上げて、曇り空をさし示した。米助はそのとき、地面から空に向かって延びる一本の道を見たような気がした。
「米助、その道とは、イエズス教だ」
(『守教 上』P.19より)
九歳になる米助(めいすけ)は養父一万田右馬助は、主君で九州六か国を掌握する大殿・大友宗麟に目通りを許され、苦難に遭ってもイエズス教の信仰を貫くようにと声を掛けられました。
米助は、死に瀕した捨子としてアルメイダ修道士の孤児院で手当をされた後、子供のいない右馬助夫婦に引き取られて育てられ、元服に際して平田久米蔵の姓名を大殿から賜りました。
そして、右馬助は大殿から、当主が亡くなり家筋が絶えた、筑後領の高橋組の20カ村をまとめる大庄屋となるように命じられました。
武家の身分から大庄屋なるのが、心穏やかでない右馬助に対して大殿は、諄々と説きました。
「わしの生涯の望みは、そなたたちも承知しているとおり、この九州一円をイエズス教の国にすることだ。あちこちに教会堂や礼拝堂が建ち、その隣には宣教師たちの住院がある。人々はこぞって礼拝堂に集まり、心静かにデウス・イエズスの恵みの言葉を聞く。そうやって、長く続いた戦乱の時代が終わり、ようやく領民が穏やかに暮らせるときになる――。これがわしの夢だ」
(『守教 上』P.40より)
かくして、右馬助と妻・麻、養子の久米蔵は、高橋村に移り住み、高橋組の村々に、デウス・イエズスの教えにかなう王国を築くことを始めました。
三百年の間、為政者によりキリスト教に対する方針が大きく変わり、章立てにあるように「宣教」「禁教」「殉教」「棄教」「潜教」と、信者を取り巻く状況や信仰のスタイルも変わっていきました。
本書の妙味は、人びとの信仰の在り方を通じて、時代がしっかりと描かれていくことにあるよう思います。
禁教により迫害を受け、棄教か殉教か隠れることは正しいことか懊悩しながらも、ひっそりと潜るようにキリスト教の教えを守り続けた、「今村信徒」たちの生き様を辿ってみたいと思います。
文庫化を機に読み返したいと思います。
守教 上・下
著者:帚木蓬生
新潮文庫
2020年4月1日第一刷発行
『守教 上・下』(2017年9月新潮社刊)を文庫化したもの。
カバー装画:ヤマモトマサアキ
デザイン:新潮社装幀室
●目次
上巻
第一章 宣教
一 日田 永禄十二年(一五六九)十月
二 生ける車輪(同)
三 秋月(同)
四 布教(同)
五 高橋村 永禄十三年(一五七〇)二月
六 洗礼(同)
七 神父 元亀元年(一五七〇)九月
八 再訪 天正元年(一五七三)十月
九 婚姻 天正六年(一五七八)七月
十 巡察師1 天正八年(一五八〇)九月
第二章 禁教
一 秋月教会 天正十年(一五八二)十月
二 伴天連追放令 天正十五年(一七八七)六月
三 追悼ミサ 天正十七年(一五八九)五月
四 巡察師2 天正十八年(一五九〇)十一月
五 宗麟夫人ジュリア 文禄二年(一五九三)五月
第三話 殉教
一 二十六人 慶長二年(一五九七)一月
二 久留米レジデンシア 慶長四年(一五九九)五月
三 秋月レジデンシア 慶長九年(一六〇四)八月
本文475ページ
下巻
第四章 棄教
一 甘木レジデンシア 慶長十六年(一六一一)三月
二 切支丹禁教令 慶長十七年(一六一二)三月
三 マチアス七郎兵衛の骨 慶長十九年(一六一四)三月
四 宣教師追放 慶長十九年(一六一四)十月
五 草野の禁令 元和二年(一六一六)九月
六 柳川殉教 元和三年(一六一七)三月
第五章 潜教
一 国替え 元和六年(一六二一)閏十二月
二 中浦ジュリアン神父 寛永元年(一六二四)七月
三 証文 寛永七年(一六三〇)一月
四 磔刑 寛永八年(一六三一)一月
五 ペドロ岐部神父 寛永十二年(一六三五)三月
六 嘱託銀 寛永二十年(一六四三)一月
七 宗旨人別帳 寛文五年(一六六五)七月
八 絵踏み 宝永五年(一七〇八)五月
九 経消しの水 享保十八年(一七三三)四月
第六章 開教
一 悲しみの節 慶応三年(一八六七)一月
二 浦上四番崩れ 慶応三年(一八六七)九月
後記
解説 縄田一男
本文489ページ
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『守教 上』(帚木蓬生・新潮文庫)
『守教 下』(帚木蓬生・新潮文庫)