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父に続いてお嬢様が行方不明! 解く鍵は『万葉集』の歌に

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『からころも 万葉集歌解き譚』

からころも 万葉集歌解き譚篠綾子さんの文庫書き下ろし時代小説、『からころも 万葉集歌解き譚』(小学館文庫)を紹介します。

本書は、「令和」の元号の出典となったことで、注目されている『万葉集』をモチーフにした、謎解きが楽しめるミステリータッチの人情時代小説です。

助松の父・大五郎は日本橋の薬種問屋・伊勢屋の手代だったが、一年半前に富山に出かけ行方不明となった。一人残され伊勢屋の小僧となった助松は、父から誰にも見せぬように言われた日記を預かっていた。なかには万葉集の和歌も綴られていた。助松に歌の意味を教えたのは、伊勢屋の娘しづ子と客の葛木多陽人だった。ある偶然から、しづ子は大友主税と名乗る侍と知り合い、頼まれて歌の手ほどきをするようになるが、今度はしづ子が家を出て行ってしまう。そして大五郎としづ子の失踪には、関係があった。二人の行方は? 万葉和歌の魅力を伝える新シリーズ!
(カバー裏の内容紹介より)

江戸・日本橋の薬種問屋伊勢屋の小僧・助松は、一年半前に商用で富山に出かける父大五郎から、留守の間、一冊の日記を預けられました。しかも、日記のことは誰にも言ってはいけないとも言われました。

富山で大五郎は、薬草を取りに山に入った際に行方不明になったと伊勢屋の主人平右衛門から伝えられ、一人ぼっちになった助松は小僧として伊勢屋で働くことになりました。

父が残した日記には、出来事の記録とは明らかに違う書き方がされていて、助松にはよく分からない箇所がありました。

  からころも
  裾に取りつき
  泣く子らを
  置きてそ来のや
  母なしにして

(『からころも 万葉集歌解き譚』P.15より)

父の日記には、「からころも」の歌をはじめ六首の和歌が記されていました。
助松は、六首の歌の意味が分かれば、父の行方不明の秘密も解けるのではないかと思いました。

伊勢屋の十七歳になったばかりの娘しづ子は、田安宗武の和学御用として仕える、国学者の賀茂真淵に師事して『万葉集』について学んでいました。

助松はしづ子に、お客様から聞いた歌だと偽って「からころも」の歌の意味を尋ねました。、

「この歌の意味はさほど難しくありません。そなたも何となくは分かるのではありませんか」
「はい。でも、最初の『からころも』がどんな着物か、まず分かりません」
 助松が率直に訴えると、しづ子はそっとうなずいた。
「からころもとは『裾』という言葉を導き出す枕に過ぎないの。だから、あまりこだわらなくていいのよ。『裾に取りつき泣く子らを置』いてきた、というのだから、詠んでいるのは親だと分かるわね。そして、最後に『母なしにして』と来るので、歌を作ったのは父親だということも分かります」
「お父つぁんが母親のいない子供を置いて、どっかへ行く時に作った歌なんですね。子供が泣いているのは小さいからですか」
「ええ。でも、それだけではありません。父親が行くのはすぐには帰って来られないような遠い場所なの。もしかしたら、もう二度と戻れないかもしれない、我が子と一緒にいられるのもこれが最後かもしれない、そう思って詠んだからこそ、この歌は人の心を動かすのです」

(『からころも 万葉集歌解き譚』P.24より)

万葉集を学び始めた助松の前に、伊勢屋の重要な客人の葛木多陽人(かつらぎたびと)が現れます。

多陽人は、京都生まれ京都育ちの超イケメンの占い師で、陰陽道を学び、易や風水に詳しく人相や手相も見る。薬の知識もあり、医者の真似事のようなこともするという多才ぶりです。

しかも、歌の一部を聞いただけで、『万葉集』の四千五百首からその歌を引き出して暗誦してみせるほどで、即興で狂歌に作り替えるというほど、和歌に精通していました。

そんなある日、今度は、しづ子が失踪してしまいました。
そして、しばらくすると、飛脚が平右衛門宛の文を届けました。
文にはしづ子の筆蹟で「十年前、富山にて起こりしこと、明らかにすべし」という文言と「青旗の 木幡の上を かようふとは 目には見れども 直に逢はぬかも」の歌のみが記されていました。

助松は悩んだ末に、父大五郎としづ子の失踪の秘密が日記に残された六首の歌にあると思い、多陽人に日記のことを話して、歌の意味を解き明かしてもらうことにしました……。

物語の中で、助松と同じ入門者の目線で、『万葉集』の歌の意味を知っていく過程が楽しく、久しぶりに枕詞を思い出しました。

本書に登場するしづ子は、実在の人物で、油谷倭文子(ゆやしずこ)の名で家集『文布』を残しました。賀茂真淵の弟子のうちで特に優れた女性3人の一人として、県門(けんもん)の三才女と呼ばれています。

この本で、『万葉集』に興味を持った方には、梓澤要さんの『万葉恋づくし』をおすすめします。若き日の大伴家持も登場します。

からころも 万葉集歌解き譚

著者:篠綾子
小学館文庫
2020年5月13日第一刷発行
文庫書き下ろし

カバーデザイン:bookwall
カバーイラスト:チユキ・クレア

●目次
第一首 からころも
第二首 あしひきの
第三首 わが園に
第四首 青旗の
第五首 しなざかる
第六首 みやじろの
第七首 天地の
第八首 春過ぎて

本文311ページ

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『からころも 万葉集歌解き譚』(篠綾子・小学館文庫)
『万葉恋づくし』(梓澤要・新潮文庫)

篠綾子|時代小説ガイド
篠綾子|しのあやこ|時代小説・作家埼玉県生まれ。東京学芸大学卒業。2001年、第4回健友館文学賞『春の夜の夢のごとく――新平家公達草紙』でデビュー。2005年、短編「虚空の花」で第12回九州さが大衆文学賞佳作受賞。2017年、『更紗屋おりん...