『北前船用心棒 赤穂ノ湊 犬侍見参』
赤神諒(あかがみりょう)さんの文庫書き下ろし時代小説、『北前船用心棒 赤穂ノ湊 犬侍見参』(小学館文庫)を紹介します。
江戸元禄年間、生きとして行けるものの殺生を許さない、生類憐みの令が敷かれていました。なかでも犬の虐待は、しばしば極刑に処せられました。
本書は、犬の命が人以上に大切にされた異様な世を背景に、犬を最強の武器として使う、「犬侍(いぬざむらい)」と、彼らを裏で操り政を動かす犬使いたちを描いた、伝奇時代小説です。
元禄十四年初夏、犬侍・千日前伊十郎と相棒の白い柴犬を乗せ、蓬莱丸は播州赤穂に向け出航した。生類憐みの令のもと、犬を従える犬侍は最強の用心棒だ。塩受け取りのため、刃傷事件で騒然とする赤穂藩に先乗りした蓬莱丸の炊(かしき)・権左と伊十郎は筆頭家老・大石内蔵助から、赤穂藩改易は犬公方・綱吉を操る犬侍の仕業だと聞かされる。塩受け渡しの当日、塩田の浜に甲斐犬を使う犬侍・黒虎毛が立ち塞がる。身構える柴犬シロ。ついに、伊十郎の龍王剣音無しの秘太刀が虚空に舞う。
(カバー裏の内容紹介より)
主人公の千日前伊十郎は、出自不明で年齢不詳の犬侍です。相棒は「シロ」の名で呼ばれるメスの柴犬です。
犬侍とは、本来は臆病な侍に対しする蔑称でしたが、元禄の世では、生類憐みの令によって守られてる犬を鍛錬して自在に使いこなす者をいいました。
伊十郎とシロは、大坂の出見ノ湊で、北前船蓬莱丸に用心棒として乗りました。
「知工さん。この人が千日前伊十郎さんだよ。剣の腕は抜群で、犬も――」」
「この私が、蓬莱丸の仕事を、役立たずの犬侍などに頼むとでも思うのか。天下六犬士の一人にして、龍王剣の遣い手。『音無しの秘太刀』と怖れられる必殺剣を持つとも聞く」
(『北前船用心棒 赤穂ノ湊 犬侍見参』「出見ノ湊」P.83より)
伊十郎と蓬莱丸の炊(かしき)の権左は、船で諸事万端を取り扱う責任者の知工(ちく)から、兵庫ノ湊で下船して、塩の受け取りのために赤穂へ先乗りをするように命じられました。
陸路、赤穂に入った二人は、塩を受け取るために大野九郎兵衛を訪れますが、九郎兵衛は昼行燈の大石内蔵助と談判するようにたらい回しをしました。
「昼行燈だって、いちおう明かりは灯いているんだ。夜になれば、役にたつさ。俺好みのりくさんが認めているんだ。ひとかどの人物だろう」
「船でも商いでも同じだけど、ふだん仕事のできない人間が、非常の時だけ、できるわけないよ」
「いや、どうかな。赤穂はどうしようもなく乱れていると覚悟していたが、城下は思いのほか平静を保っている。たしかに商人が金目の物を漁りに押し寄せている。外からややこしい連中も入り込んでいる。煙草を買いに出た時に町人と話をしたが、大石、大野の二家老は、藩札を見事に処理したらしい。金回りをすばやく落ち着かせたから、民が落ち着いているんだ。騒いでいるのは、武士だけさ。昼行燈と夏火鉢の二人組は、とつぜんの改易にあたって、最悪の事態を見事に回避してきたともいえる。少なくとも並みの家老じゃできない芸当だ」(『北前船用心棒 赤穂ノ湊 犬侍見参』「昼行燈と夏火鉢」P.108より)
九郎兵衛はなかなか食えない御仁ですが、理財に明るい持ち味を生かして、藩に貢献する忠義の臣として描かれていて、興味深く読むことができました。
主君の切腹と浅野家の改易、さらに吉良上野介生存の報を受けて、赤穂藩士たちは、名を捨てて無用の流血を避けるという九郎兵衛が主張する「恭順開城論」と、幕府から派遣される収城使の軍勢と戦う「籠城玉砕論」、収城使の前で殉死してみせて浅野家再興を嘆願する「殉死嘆願論」、恭順開城したうえで吉良上野介を討ち果たして主君の恨みを晴さんとする「復仇論」の四つの立場に分かれていました。
次席家老の暗殺や収城使の襲撃など、とにかく事を荒立てて、赤穂藩士たちを追い詰めて、無理やりに籠城玉砕へと追い込もうとする過激派が動く中に、伊十郎と権左も巻き込まれていきます。
そして、六犬士の一人で、虎帝剣を極めている最強の犬侍・黒虎毛まで、赤穂に現れました……。
どんな猛犬も手懐ける伊十郎の愛犬家ぶりが好ましく、龍王剣の秘太刀とともに、愛犬シロとの息の合ったコンビネーションが見事で、立ち回りシーンが圧巻です。
蓬莱丸の次の寄港地でどんな事件が待ち受けているのか、続編が読みたくなる文庫書き下ろしシリーズの始まりました。
※著者名の「神」は正しくは「示」と「申」の「神」ですが、環境依存文字で文字化けすることがあるため、「神」を使用しています。
北前船用心棒 赤穂ノ湊 犬侍見参
著者:赤神諒
小学館文庫
2020年5月13日第一刷発行
文庫書き下ろし
カバーイラスト:影山徹
カバーデザイン:鈴木俊文(ムシカゴグラフィクス)
●目次
序編 抜かずの刀
序章 住吉大社の高灯籠
第一章 出見ノ湊
第二章 昼行燈と夏火鉢
第三章 犬勘定
第四章 開城前夜
第五章 黒虎毛
最終章 赤穂二人芝居
主な参考文献
本文344ページ
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『北前船用心棒 赤穂ノ湊 犬侍見参』(赤神諒・小学館文庫)