『吉原美味草紙 おせっかいの長芋きんとん』
出水千春さんの文庫書き下ろし時代小説、『吉原美味草紙 おせっかいの長芋きんとん』(ハヤカワ時代ミステリ文庫)を紹介します。
本書は、大坂出身のヒロインさくらが料理人を目指して、吉原の遊郭で奮闘する人情料理小説です。
たいせつな父を亡くし、大坂から江戸にでてきたさくらには夢がある――一人前の料理人になり自分の店をもつ。だがなんの因果か、吉原の妓楼〈佐野槌屋〉の台所ではたらくことになるが、自慢の腕をふるい、様々な悩みを解きほぐす――最高位の花魁の落涙の理由、男衆の暴れ騒ぎ、旅立つ人形師の心の迷い……温かな料理で人を包み込み、そっと後押しする。さくらの心意気がまぶしい、人情料理物語。
(カバー裏の内容紹介より)
父を亡くした三十路の平山桜子(さくら)は、料理人になることを夢見て、はるばる大坂からやってきました。ところが、江戸で当てにしていた伯父・忠右衛門は料亭を閉じて居酒屋を始めていました。
忠右衛門が亡くなったことでその居酒屋も閉店休業状態で、後に残された忠右衛門の息子で十七歳の力也は、立ち退きを言い渡された店に一人居残っていました。
慣れない貧乏暮らしで、朝から何も食べずに一人で途方に暮れる力也のために、桜子は持ち前のおせっかいを発揮して、得意のおやつ「長芋きんとん」を作りました。
忠右衛門の死を知って訪ねてきた料理人竜次の勧めで、二人は、吉原の妓楼佐野槌屋で働くことになりました。桜子はさくらと名を改めて、竜次の下で台所の下働きとして、イケメンの力也は花魁道中のときに傘持ちをする見世番で働くことになりました。
伊織は突然、養家から出奔した。
大空に飛び立った鳥のように、もう二度と姿を見ることができなくなった。胸にぽっかりと穴が開いた。
消息がないまま三年が過ぎて、半月ほど前に、“江戸で見かけた”との噂を聞いた。この江戸で、いつかばったり出会えるのではないか、桜子は微かな期待を抱いていたが……。(『吉原美味草紙 おせっかいの長芋きんとん』P.51より)
さくらには、過去に封印した恋がありました。
相手は、大坂東町奉行所同心の三男で、さくらの父が営む剣術道場の跡を継ぐ話もあった幼馴染みの武田伊織でした。さくらは、いつも一緒にいて『長芋きんとん』を良く作って食べさせていました。(大坂の町奉行所は、東西に分かれています。東町奉行所といえば、大塩平八郎が与力をつとめていたことでも知られています。)
ところが、伊織が十七歳になったときに、同じ同心の家から養子の話があり、道場を辞めてその家の当主として東町奉行所に出仕することなりました。
さくらは、三年前に二十七歳になった伊織に嫁取りの話があると聞きました。
寂しい気がしながらも祝福しよう思い、伊織のことは諦めていました。
「よろしおすなあ。確かに江戸の濃い~味とは一味違てますえ」
「そうですか。お口に合って良かったです」
満面の笑顔で返すさくらに、
「けどなあ……」
佐川は薄い笑みを浮かべたまま箸を止めた。
「出汁が利きすぎどす。もうちょっと品良く、控えめがよろしおすなあ。ま、下働きはんが作らはったにしたら上出来やおへんか。せいだいおきばりやす」(『吉原美味草紙 おせっかいの長芋きんとん』P.94より)
台所の下働きにかたわら、食が進まないと聞いた、京出身の花魁・佐川のために京風の料理『葛あん粥』を作りましたが、持って回ったような言い方に腹が立ちましたが……。
佐川の過去が明らかになったり、力也が暴れて大きな騒ぎになったり、面番所の同心に意地悪をされたり、次々に妓楼に騒動が持ち上がります。
そんな中で、さくらのおせっかいと心のこもった料理が人を温かく包み込んでいきます。
吉原美味草紙 おせっかいの長芋きんとん
著者:出水千春
ハヤカワ時代ミステリ文庫
2020年4月15日発行
カバーイラスト:中島梨絵
カバーデザイン:大原由衣
●目次
第一話 さくらの夢と長芋きんとん
第二話 決意の焼き大根
第三話 やすらぎのつと豆腐
第四話 おせっかいの長芋きんとん
本文296ページ
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『吉原美味草紙 おせっかいの長芋きんとん』(出水千春・ハヤカワ時代ミステリ文庫)