馳月基矢(はせつきもとや)さんの文庫書き下ろし時代小説、『姉上は麗しの名医』(小学館時代小説文庫)を入手しました。
著者は、2019年、「ハツコイ・ウェーブ!」(氷月あや名義)で、小学館第1回日本美味しい小説大賞の最終候補作品に残り、次回作を嘱望され、本書でデビューしました。
老師範の代わりに、少年たちに剣を指南している瓜生清太郎は稽古の後、小間物問屋の息子・直二から「最近、犬がたくさん死んでる。たぶん毒を食べさせられた」と耳にする。一方、定廻り同心の藤代彦馬がいま携わっているのは、医者が毒を誤飲した死亡事件。その経緯から不審を覚えた彦馬は、腕の立つ女医者の真澄に知恵を借りるべく、清太郎の家にやって来た。真澄は、清太郎自慢の姉なのだ。薬絡みの事件に、「わたしも力になりたい」と、周りの制止も聞かず、ひとりで探索に乗り出す真澄。しかし、行方不明になって……。あぶない相棒が江戸の町で大暴れする!
(カバー裏の内容紹介より)
本書は、牛込の小さな剣術道場の師範代を務める、瓜生(うりゅう)清太郎と、定廻り同心の藤代彦馬の二人のイケメンの若者が、相棒となって事件を解決していく青春捕物小説です。
「水くさいことは言いっこなしだ。俺たちはバディなんだぜ」
彦馬もほんの少し微笑んだ。
「バディか」
「格好いい響きじゃねえか。姉上がアンゲリア語の辞書を引いて教えてくれた言葉だ。江戸広しといえども、俺たちのほかに、バディを名乗るやつはいないんだぜ」
「そうだな。よろしく頼むぞ、バディ」(『姉上は麗しの名医』P.33より)
二人の事件に関わっていくのが、清太郎の3歳上の姉で、家業の医者をつとめる真澄です。
江戸時代の医学や薬学の話も織り込まれていきます。
真澄は美人だ。白い額は形よく広く、鼻と顎は小作りで、二十六という年よりずっと若く見える。華奢な体つきと相まって、乙女の清らかさをいまだ留める印象だ。
美しい真澄はその上、賢く凛々しい。極めつけは、風変わりな出で立ちである。癖毛の束ね髪に女だてらの袴姿、医者の証である黒い十徳を羽織り、紅の一つも差さない。(『姉上は麗しの名医』P.20より)
彦馬は、町医者が烏頭(鳥兜の根)を飲んで死亡した事故を調べていました。女医者の真澄に知恵を借りに清太郎の家を訪れました。医者が自ら調合した薬で毒死するという、事故とは考えにくい状況に、物取りの線もなく、他殺か自殺か、不審は高まりました。
しかも、急に捜索の打ち切りが言い渡されますが、彦馬は嫌な感じがする事件の調べを続けることにしました。公に認められた動きができない彦馬に、清太郎は手伝いを申し出て、バディ(相棒)による捕物が始まります。
突然だった。
気配がある、と清太郎は気付いた。そのときには、斜め後ろからどすんと当たられていた。
「うわっ」
重心を崩されて転んだ。あまりにもあっさりと土を付けられ、瞬時、頭が真っ白になった。
彦馬が目を丸くする。
(『姉上は麗しの名医』P.46より)
聞き込みの帰り道で、二人は早足で歩いていると、武芸者の清太郎が何者かに後ろからぶつかられて転ばされてしまいました。
何者かは足音も気配もなく人混みに紛れてしまいした。気が付くと、清太郎の袂から小さく折り畳まれた紙が突っ込まれていて、「探るな、さもなくば殺す」と、脅し文句が書き付けられていました。
一方、真澄も独りで探索に乗り出します……。
軽妙で爽快感があって、それでいてストーリー展開が楽しめる、青春捕物小説の誕生です。
姉上は麗しの名医
著者:馳月基矢
小学館時代小説文庫
2020年4月12日初版第一刷発行
文庫書き下ろし
カバーイラスト:Minoru
カバーデザイン:鈴木俊文(ムシカゴグラフィクス)
●目次
一 毒、出づ
二 鳥、歌う
三 巌、蝕む
四 椿、燃ゆ
本文279ページ
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『姉上は麗しの名医』(馳月基矢・小学館時代小説文庫)